その先には――②
「扉……だな」
「扉……だね~」
壁一面に広がるそれは、扉以外の言葉では表すことの出来ないものだった。
重厚感のある佇まい。両開きになっているが取っ手がない所から、恐らく開き戸のタイプだと思われる。
「これって見た目的には……なあ、歌恋はどう思う?」
「……! は、はい。そうですね……多分私も海斗さんと同じ気持ちです」
少しぼーっとしている歌恋。だが彼女の返した答え、気持ちが通じ合っていることに喜びを感じる。しかし今はそれ所ではない。
目の前にある扉。海斗の記憶の中でそれがピッタリと当てはまるシチュエーションと言えば――
「ボス部屋、だよなぁ。どこからどう見ても……」
「確かにそうかもね~。何かこの先……凄く嫌な感じがするし」
ティセの言葉に頷きを返す。
モンスターにアイテムドロップ。レベルアップに続いてボス部屋。
実際目にしている以上否定することは出来ないが、本当にゲームのような状況だ。
これで匂いや痛みを感じることがなければ、夢じゃないのかと勘違いしてしまっていたかもしれない。
「……マスター!?」
恐る恐る扉に手を伸ばすと、ティセは驚きの表情を浮かべる。
確かに軽率な行動かもしれない、しかしこのまま見ているだけでは無駄に時間を浪費するだけだ。
歌恋に視線で少し下がるように伝えると、ゆっくりと手の平に力を込める。
「……えっ?」
思わず声がでてしまった。目の前にあるのは重そうな金属で出来ているように見える扉。それが大した力を加えていないにもかかわらず、スムーズに開き始めたからだ。
あっという間に扉は開け放たれ、前方に吸い込まれそうな程に真っ暗な空間が出現する。
「う~ん、なんにも見えないね。……でも嫌な感じが強くなったかも?」
「ああ、確かに、空気が違う……」
海斗の言葉にティセはコクリと頷きで返す。唾を飲み込む音が聞こえそうな程に、強い緊張感が場を支配する。
「歌恋、少しここで待ってて貰ってもいいか?」
脳裏に浮かんだ不安を払拭するため、歌恋に声をかける。
「…………」
しかし彼女からの返事はない。
どうしたのだろうと歌恋の方へ振り返ると――
「……えっ! 歌恋!?」
壁に手を付き、息を荒げる歌恋の姿があった。
歌恋に肩を貸しながら、歩いてきた道を少し戻る。
「……すいません。迷惑、かけちゃって」
首を振り、彼女の言葉を否定する。
なぜ気付けなかったのだろう。良く考えれば朝から兆候はあった。
彼女の頬が赤かったのは、照れていたからなどではない。そう、純粋に体調を崩していたのだ。
思い返せばすぐに理解出来る。もっと早く気付けていれば。
そんな意味のない仮定が海斗の脳内を占拠する。
しかし後悔したところで事態が好転することなどない。
壁際に背を預けるように歌恋を座らせ、彼女の額に手を当てる。
――熱い。
医者ではない海斗にも分かるほどの高熱。
可能な限り早く、歌恋のことを休ませる必要がある。
普通に考えれば元来た道を戻り、カフェに帰還するのが定石だろう。
しかし――海斗は視線の先に広がる暗闇を見つめながら考える。
――この先にダンジョンの出口があるかもしれない、と。
恐らく彼女の発熱は疲労による体調不良だと思われる。
しかし医者ではない海斗には正確な診断を下すことなど出来ない。
であるならば、万が一のことを考えこの扉の先を確認するべきではなかろうか。
「なあティセ。あの扉の先が出口って可能性……あると思うか?」
「う~ん。多分だけど……可能性はあるんじゃないかな?」
ティセの言葉に頷きで返し、開かれた扉に視線を向ける。
目を凝らすがその先を見通すことは出来ず、闇が広がるばかりだ。
「行ってみるしかないか……」
決意を込め、歌恋に背を向ける海斗。
「マスター、アタシも……」
「いや、ティセは歌恋のことをみてて欲しい」
「でもさ……」
心配そうにこちらに視線を向けるティセ。
「無理をするつもりはないよ。出口がないか確認するのが目的だしな」
安心させるように行動の指針を伝えると、ティセはこくりと頷き同意を示してくれた。
見るからに怪しい扉、思わず冷や汗が出そうになる嫌な気配――この先に何かある可能性は高い。
ならば万全の準備をしてことに望むべきだろう。
海斗は周囲を見回し、目的にあうモノを探しはじめた。