彼女の気持ち②
店舗の奥に二人向かい合って座る。ティセは自身の特等席だと言わんばかりに、海斗の肩に腰かけ神妙な顔を作ってみせる。
二人の様子を確認し、歌恋は一度頷くとゆっくりと口を開いた。
「……さっきはすいませんでした」
彼女が最初に発したのは謝罪の言葉。
一体何に対して謝っているのだろう。海斗には理由が思い当たらず、どうしたものかと困惑する。
何か答えなければいけないことは分かっている。
しかし謝罪の意味が分からない以上、的外れな言葉になってしまう可能性があった。
「…………」
海斗の選択は無言で頷き、先の言葉を促すこと。
情けないかもしれないが張り詰めた歌恋の雰囲気からも、下手なことを言う訳にはいかなかった。
ティセも話の流れを見守るため、特に口を出すつもりはないと見える。
静かに海斗が見つめ返すと、彼女はぽつぽつと続きを話し始めた。
「強くなれたことが嬉しくて、私も海斗さんの力になれるんだって思ったら……そうしたら、もっともっとって……」
「気にすることはないよ。別に何か問題があったって訳じゃないんだし」
どうやら先程までの戦闘に関して反省しているようだが、別にそんなことは気にしていないと伝える。
「そうだよ~。歌恋ちゃん大活躍だったじゃん!!」
フォローするティセ。
こちらの気持ちが伝わったのだろうか、歌恋は少しだけ明るい顔を見せ口を開く。
「……二人ともありがとうございます。私普段は、自分で言うのも変かも知れないんですけど……優等生だって思われてて。いつも周りの人たちから期待されてて……でもそれが苦しくて」
彼女の口から語られた内容は、心の中に抱えていたこと。もしかすると人によっては大した悩みではないのかもしれない。
しかしそれを思春期特有の悩みと笑うことは許されない。
なぜなら誰もが何かしらの葛藤を経て、大人になるのだから。
「だから……護られてるだけが嫌で。でも、モンスターは怖くて。足手まといだって分かってるのに、海斗さんは私に一緒に戦おうって言ってくれて。凄く……本当に凄く嬉しくて……」
まとまりのない言葉が歌恋の口から語られる。それは心の底から溢れ出す感情の発露。
忘れてはいけない、彼女はまだ――少女なのだ。
親の庇護の元、色々なことに悩んで成長する。社会に出るための経験を積む時期。
この場所に来て、短い時間で多くのことを体験した。それは例え大人になって社会に出たとしても、経験することのないであろう出来事。
「いいんだ。もう無理をしなくていいんだ」
ぽんぽんと歌恋の頭を撫でる。
普段であれば絶対に出来ない。そんな大胆な行動に、海斗は自身のことでありながら驚いてしまう。
だが、今この場所では恐らくこれが正解なのだ。
少しずつ彼女の瞳に浮かんでいく涙を眺めながら、海斗はそう感じていた。
話しを終えた歌恋は、流れる涙の跡を残したまま寝息を立てている。
彼女はあの後、少しずつだが自身についてのことを語ってくれた。『両親と喧嘩をしてしまったこと』『普段の学生生活』『将来の夢』と様々な内容を。
その中でも特に印象的だったのは『将来の夢』に関してだった。
彼女は歌が好きで、音楽に関する仕事に就きたいと考えているらしい。
『歌って、明日も頑張ろうって元気を与えてくれて……本当に大好きなんです』
その声には嘘偽りのない真摯な感情が含まれていて、思いの強さが伝わってきた。
歌恋の夢を叶えるためにも、この場所から無事に脱出する必要がある。
出来ることは多くないかもしれない。
だが、出来る限り彼女の力になりたい――眠りに落ちる歌恋を眺めながら海斗は強く願った。