歌恋の才能③
目を閉じ、深く深呼吸を行う。
何度も戦った相手に緊張するなど、おかしいと思われてしまうかもしれない。
だが今回は意識しなければいけない大切なことがある。
多少弧を描いて飛ぶとは言え、弓を射るためには対象までの射線を確保しなければならない。
接近戦を行う必要のある海斗は、敵との位置関係を考えながら戦う必要があった。
弓を持った歌恋と共に戦うのは初めてのこと。だからこそ慎重に動かなければならない。
海斗が邪魔になってしまい、彼女が攻撃出来ないなどと言うことがあっては目も当てられないだろう。
とは言えそれは最悪の事態ではない。何よりも不味いこと、それは歌恋が弓を放った後に射線を遮ることだ。
万が一にでも海斗が傷を負ってしまったなら、彼女は強く責任を感じてしまうだろう。
せっかく覚悟を決め、戦うことを決意した歌恋の気持ちに水を差したくはない。
だからこそゴブリンが相手とは思えないほどの緊張感を持って、戦いに挑もうとしていた。
――海斗は閉じていた瞳を開き大剣を構える。
「準備はいいか?」
「はい、問題ありません」
彼女は頷き答えると、弓に矢をつがえた。
迷いの無い所作、胴に入った立ち姿には頼もしさを感じる。
すぐ隣に視線を送ると、即座にこちらの意図を汲み取るティセ。
海斗は彼女が歌恋の側に移動したことを確認すると両足に力を込め――
「――いくぞ」
一気に戦場へと駆け出した。
敵の配置は棍棒を所持した二匹が前衛、その後ろに弓が控えている。
今回は多少ゴブリンからの攻撃を受ける可能性があったとしても、射線の確保を優先するつもりだ。
前衛との距離が近づくと、強く大地を踏みきる。
驚いた表情を見せる緑の魔物が三匹。
まるで翼でも生えたかのようにゴブリン達の頭上を越え――弓手の背後に着地する。
海斗の考えた作戦。それは相手の背後を取れば射線を塞ぐことはない、だった。
誰でも思いつく単純なことかもしれない。しかしそれを実行するのは非常に難しい。
当たり前のことではあるが、相手が黙って背後を取らせるはずがないからだ。
しかし海斗はそんな難事を力技で解決する。
「……やれば出来るもんだな」
敵に向かって振り返りながら、思わず口を突いて出た言葉が全てを物語っていた。
本人でさえ無理かもしれないと考える非常識な手段。
跳躍した距離は一〇メートル近い。オリンピック選手も真っ青の大記録だ。
平時であれば――もしそれに気付いていたなら――成し遂げた偉業の余韻に浸っていたかもしれない。
だが今は戦闘中。海斗は即座に行動を開始した。
弓ゴブリンに飛び掛かり、迷いなく矢筒に狙いを定める。
ある程度リサイクル出来るとは言え、矢は消耗品だ。
これからの戦闘を考えるのならば、入手出来る機会があるなら積極的に確保するべきだろう。
必死で矢筒を奪われまいとする弓ゴブリン。しかしそれは当然のことだ。弓手は矢がなければ役目を果たすことが出来ない。
想像以上に強い抵抗を受け、戦闘中に武装解除を行う厳しさを実感する。
それも敵を倒すことなくとなれば尚更だ。
こうなれば腕ごと斬り飛ばすか。物騒な考えが脳裏を過ぎった瞬間――
「ギッ、ギギャ!?」
――弓ゴブリンの足元に矢が飛来する。
恐るべき精度で行われたソレは歌恋の援護射撃だった。
今がチャンスだ。驚き固まる相手から、矢筒を奪い取った瞬間――
「……えっ?」
――弓手の後頭部に矢が生え、ドサリと音を立て地に倒れ込む。
そこから先はあっと言う間の出来事だった。
海斗が大剣を構える間もなく、矢継ぎ早に放たれた攻撃によってゴブリン達は崩れ落ちて行った。




