歌恋の才能②
歩みを進めていると、足元に何かが落ちていることに気付いた。
「ねえねえマスター、これって……」
ティセの声に応えるように屈み込み、手に取ったそれは――木で出来た矢。
念のため周囲を見回すが他には見当たらない。恐らく歌恋が放ったもので間違いないだろう。
距離にして一五〇~二〇〇メートルと言った所だろうか。勝手なイメージではあるが、弓の射程は五、六〇メートル程度だと思っていた。
「……弓ってこんなに遠くまで届くものなんだな」
思わず感嘆の声が漏れてしまうのも仕方ないだろう。
彼女に声を掛けるため視線を向けると――
「えっ? こんな場所まで!?」
――何故か驚いた様子を見せる歌恋。本来の弓の射程は分からない。だが彼女の様子を見る限りここまでの飛距離はないのだろう。
「えっと……普通ってどの位まで届くものなんだ?」
「……そうですね。私がやってた時は六〇メートル位先の的を狙ってた感じで……。うーん、多分もう少しは飛ぶんじゃ無いかと思うんですけど、道場以外で弓を射ることなんてありませんでしたし」
確かに彼女の言うことはもっともだ。もし道場以外、それこそ道を歩いている時急に矢が飛んで来たら大惨事だ。むしろ試していなかったことにホッとする。
「あとこれって短弓ですし、いくら狙ってなかったからってこんなに飛ぶとは……」
歌恋の情報を元に考えると、競技の際と比べて二倍から三倍近い位置まで届いている。
いくら狙いを付けていなかったとしても、有り得ないほどの飛距離だ。
「うーん。この弓が凄かったりとか、ですかね?」
歌恋は手に持った『小鬼の短弓』に視線を落としながら呟く。
確かにそうかもしれない。だが他にも原因として考えられることがあった。
「その可能性もあるね。あとすぐに確認するのは難しいと思うんだけど、レベルアップの影響ってことも考えられるな」
それは果たしてレベルアップの効果なのか、それとも弓自体が凄いのか。
どちらにせよすぐにと判断を下すことは出来ない。
明確な答えは、今後歌恋がレベルアップした時に分かるだろう。
「……マスター」
まだ使えそうだった矢を回収し道なりに進んでいると、ティセがこちらに合図を送ってきた。
恐らくこの先に敵の気配を感じたのだろう。
まだ海斗の気配察知は反応していない。
恐らく距離的に相手がゴブリンであれば気付かれてはいないだろう。
しかしもし未知の魔物だった場合、その限りではない。
万全を期すためにも、慎重に相手のことを探る必要がある。
「……念のため様子を見てくるから、少しここで待っててくれ」
二人が頷いたことを確認すると、海斗は安心させるように笑みを見せる。
可能な限り音を立てないよう、壁伝いにゆっくりと進んで行こうとする、が――
「…………」
――敵以外の部分に気を取られ少しイラッとする。
苛立ちの原因に視線を向けるとその先には――肩に担いだ『親分の大剣』。
正直に言ってしまうと隠密行動を取る際に大剣は非常に邪魔だ。
もう少し取り回しの良い武器があれば。
そう考えこれまでに出会ったゴブリンの武装に思いを巡らせ、ふと気付く。
最初に戦ったゴブリンを除けば皆、棍棒や弓と言った木製の武器を装備していたことに。
あまり考えたくはないが、一つの仮定が思い浮かぶ。
ゴブリンは基本金属製の武器を持っていないと言う可能性。
つまり最初に入手した『小鬼の短刀』はレアなアイテムなのかもしれない、と。
もしこの考えが正しいのならば『親分の大剣』はレア以上――スーパーレアと言って良いアイテムかもしれない。
考えれば考えるほど今後も『親分の大剣』以外の選択肢がないのではないかと思えてしまう。
いや。この先にいるモンスターはきっとゴブリン以外で、大剣よりも優れた取り回しの良い武器を落としてくれるはずだ。
海斗は一歩一歩、祈るような気持ちで気配の元へと近づいていく。
もしこの先にいるのが新種のモンスターであれば、厄介な事態であることは間違いない。
だがそれを望んでしまうほどに大剣は――邪魔だった。
「どう、でしたか?」
偵察を終え歌恋達の元に戻ると、成果を報告することになる。
「ゴブリンが三匹。二匹が棍棒、一匹が弓を持ってるみたいだ」
海斗の祈りは届かず、結局見つかったモンスターはゴブリン。
淡々と説明しているが、海斗の心情は沈みこんでいた。
普通ダンジョンと言えば多種多様なモンスターが出るものだろう。しかし出てくるのはゴブ、ゴブ、ゴブ、ゴブ。
悲しいまでの遭遇率。海斗は内心ヤツらのことを、一匹いれば何とやらの黒い悪魔扱いし始めていた。
ゴブリンのことをGだと考えると嫌悪感が湧きあがり、落ち込んでいた気持ちが段々と怒りに変化していく。
この苛立ちはヤツらを経験値とすることで晴らさせて貰うしかない。
「さっきと同じ感じで俺がゴ……弓を始末するから、他の二匹を牽制して貰ってもいいかな?」
「……? はい、わかりました」
少し心の声が漏れそうになってしまったが、歌恋には気付かれなかったようで安心する。
一歩前に踏み出した海斗。その口元には口元に歪な笑みが浮かぶ。
――さあ害虫駆除の始まりだ。