歌恋の才能①
「あの、海斗さん。それ、ちょっと借りてもいいですか?」
歌恋の言葉にふと我に返る。
つい新しい発見に気を取られてしまった。いくら周囲に敵の気配がないとは言え、考えに没頭し周りが見えていないのは良くないだろう。
彼女の言葉に頷きで返し、矢筒ごと『小鬼の短弓』を手渡す。
すると歌恋は慣れた手付きで弦を引っ張り、弓の確認を始めた。
「ねえねえ歌恋ちゃん、何か……凄くなれてない?」
「はい。少しだけですけど弓道を習ってたことがあるので……」
なるほど。歌恋の答えを聞き納得する。
弓道がどう言ったものなのか詳しい内容までは分からない。
しかし先程の華麗な身のこなしは、武道の経験から来るものなのだと理解出来た。
武の道は精神修練にも効果があると言われている。
もしかすると彼女が少女とは思えぬほどの落ち着きを見せているのも、弓道の経験が生きているのかも知れない。
「よし。これなら……」
確認が完了したのだろう。歌恋は流れるような美しい所作で弓に矢をつがえる。
「……何か凄いね」
ティセの言う通りだ。身体に一本、芯が通ったかのような堂に入った立ち姿。
凛とした気配を纏わせる歌恋から視線を逸らすことが出来ない。
声を発することさえ躊躇われるような、一瞬がまるで永遠に感じてしまう緊張感の中、引き絞られた弦から矢が解き放たれる。
静寂を切り裂き飛翔する矢は、あっという間に海斗の視界から消え去った。
これは凄い腕前なのではないだろうか。
「弓って、なんか凄いね……」
驚き目を瞬かせるティセの姿からも、その凄さが伝わってくる。
実際に弓を使って矢を射る所を見るのは初めてだったが、かつて熟練の弓兵が戦場で重宝された理由を垣間見た気がした。
「凄いじゃないか。うん、その弓は歌恋が使うといいよ」
「えっ、いいんですか?」
当たり前の提案に歌恋は驚いた様子を見せる。
弓を使ってみたい気持ちがない訳でもないが、あんな一射を見せられてはわざわざ自分が弓を使う理由を見つけられない。
歌恋には今の得物よりも、もっと射程のある武器を用意したいと思っていた。
正に渡りに船と言うべき状況。迷う必要などないだろう。
「ああ。もし俺が使うってなったら、今から練習する必要があるしね。ちゃんと扱える歌恋が使った方がいいだろ?」
「はい、そう言うことでしたら……。海斗さん、ありがとうございます」
嬉しそうに笑う歌恋はギュッと弓を抱きかかえる。
「うんうん。バランスの良いパーティになってきたね♪」
ティセの言葉に頷き同意を示す。前衛と後衛で役割分担が出来るのは良いことだろう。
空撃ちではなく敵を前にしたとき、どの程度の命中率となるのかはまだ分からない。
だが先程の一射を見る限り、大きな活躍が期待出来そうだ。
弓を手にした歌恋は、早く実戦で試したいと思っているのだろう。珍しくそわそわとした様子を見せる。
彼女の年相応な姿を見られるのは嬉しいことだと感じる。それが戦闘に関わるようなものではなく、もっと平和的なものならなお良かったのだが。
そんな考えに思わず苦笑いが漏れる。
「もう、海斗さん、何笑ってるんですか!」
どうやらそわそわしていた歌恋のことを笑っていると思われてしまったらしい。
「違う違う。別に歌恋のことを笑った訳じゃないよ」
「むー」
彼女を笑った訳ではないと説明するが納得して貰えなかったのだろう。
頬を膨らませ抗議する仕草を見せる。
怒っていることを精一杯アピールしているつもりなのだろう。
しかし海斗はそんな彼女の姿をただ可愛らしいとしか思えない。
このまま見ていたい気もする。だが本当に怒らせてしまっては上手くフォロー出来る気がしない。
「…………えい!」
歌恋の膨らんだ頬を、ティセが指で突く。
「えっ! ティセちゃん!?」
突然の行為に驚く歌恋、えへへと笑い頬を掻いたティセは飛行し、寄り添うように海斗の肩に腰かけた。
ナイスフォロー。海斗は心の中で小さなパートナーに賛辞を送る。
空気を変えるのは今しかない! そう考えた海斗は即座に口を開く。
「ほらほら、次に行こう次。歌恋の活躍、期待してるから」
ティセの頭を優しく撫でながら、先導するように歌恋に背を向け歩き出す。
「ちょっ、待ってくださいよ海斗さん!」
慌てて追いかけてくる歌恋の気配を背中に感じながら、海斗は緩みそうになる表情筋を必死で引き締めた。