レベル上げ③
「今回は私一人で戦ってみてもいいですか?」
次のターゲットを発見したと伝えると、歌恋はそう返してきた。
どうするべきだろう。命を奪う感覚になれるまでは、先程と同じようにモンスターの動きを封じ倒させるつもりだった。
歌恋の意思は尊重したいが、いきなりモンスターと一対一で戦わせても大丈夫だろうか?
「…………」
「そんなに心配しないでください。私だってやれるって所を見てもらいたいんです!」
悩んでいたのが伝わってしまったのだろう。彼女はむんっと両手で拳を作り、自身の決意を伝えるように海斗を見つめる。
ここで無理にやり方を強制してしまっては、やる気を削ぐ結果になってしまう。だが無条件に了承する訳にもいかない。
最低限、彼女に了承してもらわなければいけないことがある。
「……分かった。でもまずは敵を確認してからだ。複数の場合は数を減らしてから一対一で。もし初めてのモンスターだったら数に関わらず俺が戦う。それでいいかな?」
「はい。一対一、ゴブリンだったら……で大丈夫です!」
歌恋は頷き、こちらの提案に了承の意思を示す。
最も大きなリスクを排除することは出来た。ならば可能な限り彼女の意見を尊重するべきだろう。
「分かった。それじゃあ……」
「えっと……うん。この先で間違いないよ」
視線で問うとティセは通路の先を指差す。彼女に頷きを返し、歌恋を先導し歩き始める。
周囲を警戒しながら壁伝いに通路を進んで行く。
海斗は自身の気配察知に敵の反応を確認すると、歌恋にこの先だと視線で合図を送る。
頷き返事を返した歌恋と共に、モンスターが確認出来る位置まで移動する。
「……ゴブリン、みたいですね」
視線の先には二匹のゴブリンの姿があった。
海斗は都合が良いと考える。それは相手が複数の場合、一つ実験したいことがあったからだ。
「マスター、どうするの?」
自分が対応する方の相手で検証を行うと決め、それぞれの個体を観察する。
体格は同じくらい。違いは二匹のゴブリンが所持している武器。
――弓と棍棒。この場所では初めて見る遠距離タイプの装備をした敵が混じっていた。
海斗は自身がどちらを相手にするべきか考える。
歌恋の武器は短刀。近接戦闘に特化した武器だ。
恐らく接近してしまえば棍棒より弓の方が戦いやすいだろう。
しかし一対一の状況を作る必要があると考えれば、海斗が先に仕掛けることになる。
そうなると遠距離攻撃が出来る方を残すのは悪手。
接近する前に攻撃されてしまえば、無駄に傷を受けてしまう可能性があるからだ。
「……そうだな。俺は弓の方を片付ける。もう一匹は歌恋に任せてもいいか?」
戦闘の方針を伝えると、歌恋はコクリと頷く。行動が決まればあとは行動するだけ。
「でももし危険だって思ったら、無理せず俺の方に逃げてくるんだぞ?」
だがどうしても彼女のことが心配になってしまうのは、性格故に仕方ないことなのかもしれない。
過保護過ぎる言葉に、可憐は――どこかどこか嬉しさを感じさせる――苦笑いを浮かべる。
「はい! でもそんなことにならないように、頑張りますね」
いつまでも彼女を心配していても始まらない。万が一の時は身を挺して彼女を庇えばいい。そう考えると、少しだけ気分が楽になる気がした。
ティセが二人に見えるよう指で三、二、一とカウントを数えていく。〇になった瞬間、海斗がアーチャーに向かって突撃する。
本来であれば一刀の元に斬り伏せるべきだろう。だが、それでは検証を行うことは出来ない。
まずは二匹のゴブリンを引き離すため、アーチャーに対して軽く蹴りを放つ。
「グギャァッ!?」
胴に一撃を受けた個体は身体を軽く浮かせ、もう一体との距離が離れた。
背後から残されたゴブリンに駆け寄る気配を感じながら、海斗は手早くアーチャーに対して行動を開始する。
まず武器を持った腕を大剣の柄で強く叩く。
ゴブリンが手にした弓を取り落としたのを確認し、すぐさま腹部に膝を放つ。
嘔吐いて腰を曲げる敵対者。海斗は眼前に現れた矢筒を毟り取ることで、武装解除を行い――大剣を一閃。
丸腰となった元アーチャーはそのまま崩れ落ちていく。
敵対者の末路を一瞥することもなく、海斗はもう一つの戦闘を確認するため後方へと向き直った。
「やぁぁぁああああ!!」
歌恋は正面から向かい合い、攻撃を重ねている。
一撃で決着がつくような攻撃ではないが、着実にダメージを与えているのが見て取れた。
「……へぇ」
海斗は感嘆のため息を漏らす。意外、と言ってしまうと失礼なのかも知れないが、歌恋は攻撃の手を緩めることなく、ゴブリンの反撃を全て回避している。
「歌恋ちゃん凄いね~」
いつの間にかすぐそばにやって来ていたティセも感心の声を上げる。
海斗の抱いた感想も彼女と同じものだった。武器を使わず身のこなしだけで攻撃を捌く姿は、舞でも踊っているかのように華麗で、とても素人の動きとは思えない。
身体能力を頼りに、腕力で何とかした海斗とは大違いだ。
時間の経過と共にゴブリンは追い詰められていき――
「……せいッ!!」
歌恋の放った横薙ぎの一撃で地に倒れ伏した。
これで決着だろう、と海斗が考えた瞬間――
「とう!!」
歌恋は屈み込み、地に伏せるゴブリンの背に刃を突き立てる。
「…………」
「…………」
容赦のない追撃に、海斗とティセは揃ってポカンとした表情を浮かべてしまう。