レベル上げ②
人は他者と争うことや傷つけることに、大きなストレスを感じる生き物だ。
戦闘。それも命を奪うと言う行為が与える心理的負担は、海斗も経験したがかなり厳しいもの。
だからこそ歌恋には何一つ落ち度などありはしない。
それを理解し事前に察することの出来なかった側にこそ責任がある。
口元を押さえ蹲る歌恋と背中を摩るティセを視界の隅で確認しながら、海斗は猛省する。
そして過去を振り返り、自身も経験した不快感を思い出していた。
しかしあの時の――初めてゴブリンを倒し嘔吐した――海斗と違い、彼女は地面に地図を描かぬよう必死で堪えている。
その強い自制心に感心と尊敬の念を抱いてしまう。
歌恋は誰が見ても美しいと感じる少女。どんな時でも溢れんばかり魅力を振りまいている。
しかし吐瀉物を振りまいてしまっては、いくら美少女とは言え大惨事必至だろう。
込み上げるモノを必死に堪える歌恋の尊厳を守るため、海斗が今出来ること――それは可能な限り苦しむ彼女の姿を見ないことだった。
「お……お見苦しいところをお見せしてしまい……」
少し顔が青い歌恋。恐らくまだ、自分の中でゴブリンの命を奪ったことに折り合いがつかないのだろう。
微かに震えている、歌恋の手にしたままの小鬼の短刀からもその心情が読み取れる。
彼女に寄り添い背をなで続けるティセのお陰だろうか。少しずつ顔色が戻ってきているが、まだまだ本調子とは言い難い。
だがそれも仕方ないことだろう。
海斗でさえ初めてゴブリンと戦闘を行った後は、嘔吐し枯れるほど涙を流したのだ。
歌恋はまだ海斗の半分も生きていない。そう考えれば彼女の反応は十分すぎるほどに立派と言える。
だからこそ海斗は考える、何か力になれることはないだろうかと。
思考を巡らせ掛ける言葉を探し――
「気にすることないよ。それに、無理しないで。俺だって最初は……」
「えっ……海斗さんも……なんですか?」
自分自身も同じ経験をしたと伝えることで、少しでも気持ちが楽になればいい。
そう考え発した言葉に、歌恋は驚き目を見開く。
どういうことだ。彼女の反応に何とも言えない表情を見せる海斗。
もしかして血も涙もない男にでも見えているのだろうか?
歌恋が自分のことをどのように思っているのか、少し不安になってしまう。
「いやいや、そんなに驚くようなことじゃないでしょ?」
「……私、海斗さんは最初から何でも出来る凄い人なんだって思ってました」
どうやら彼女の中で、海斗は実物よりも遙かに凄い人間だと思われているようだ。
想像以上の高評価に、嬉しい気持ちがない訳ではない。
しかし常日頃期待されることがない海斗には、不安に感じる気持ちの方が強かった。
高くなりすぎた評価を正常な状態に戻すため、素直な心情を吐露する。
「そんなことないよ。俺なんて吐くだけじゃなく泣いちゃって……。本当に、酷いもんだった……」
「海斗さんも……そう、だったんですね……」
納得してくれたのだろうか? 彼女は頷き答える。
その表情は心なしか明るくなっており、自分の中で一つの折り合いがついたのかもしれない。
「こんなところで躓いてなんていられません! 海斗さん、次に行きましょう!!」
「えっ……もうちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
歌恋の背を撫でていたティセが驚き声を上げる。
海斗も全く同じ気持ちだったため、頷き彼女の意見に賛同を示す。
「いえ、時間は有限なんです。私も早く海斗さんに追いつけるように頑張りますから」
しかし歌恋の瞳は強い意思を宿しており、やる気に満ち溢れているように見えた。
「……分かった。でも本当に無理だけはしないようにな?」
折角のやる気を削ぐようなことはしたくない。ここは本人の意思を尊重するべきだろう。
もし厳しそうであればこちらでストップをかければいい。そう考えティセに目配せすると、彼女は頷きこちらの意図を汲み取ってくれる。
流石はパートナー。もはや言葉に出すまでもなく意思の疎通が可能だった。
海斗一人では見逃してしまうことでも、二人であればきっと気付けるはず。
「はい! よろしくお願いします!!」
元気の良い歌恋の返事を聞きながら、より注意して様子を見るようにしようと海斗は決意を固める。




