レベル上げ①
レベルを上げるために必要な行動、それは敵と戦うことだ。
立ち向かい、勝利し、経験値を手に入れる。
誰もが思い描くRPGの世界では、当然のように行われている行為。
だが現実となるとそう簡単な話ではない。それはゲームとの違いが大きく関係していた。
現実では適当に歩いていても、敵が沸いてくることはない。
確立でのエンカウントではなく、自身の力でモンスターを探し出す必要がある。
これまでの状況から考えると、ゴブリンとの遭遇率はそれほど高くはない。
普通に考えれば、モンスターを見つけるだけで一苦労だろう。
だがそれは『普通』の場合だ。
海斗の気配察知では離れた相手を探すことはできない。しかし問題を解決する手段はすぐ近くにあった。
「……ティセ。頼めるか?」
「任せてよマスター! よーし。むむむむ……」
以心伝心。視線を向けると、詳しい内容を伝えるまでもなくティセはすぐに行動を開始した。
見た目には腕を組んで唸っているだけに見えるかも知れない。
だがティセは既に敵らしき気配を察知しているようだ。
「マスター! あっち、あっちにモンスターがいるよ! 多分ゴブリンっぽい感じ」
カッと目を見開き、ティセは通路の先を指差す。
指し示された方向へと歩き出すと、ティセは迷うことなく海斗の肩に腰かけ足をぶらぶらとさせ始める。
彼女のナビに従って、歌恋を伴い慎重に通路を進む。
何度も戦ったゴブリンにそこまで警戒する必要はないのかもしれない。
だがそれは相手が普通のゴブリンであったならば、だ。
ティセの能力は相手の場所は分かっても詳細までは分からない。
何となく雰囲気で感じ取っているようだが、まだ遭遇していない魔物である可能性を忘れてはいけない。
今のところ嫌な予感は感じないが、ホブ以上の存在がいないとも限らない。
そう考えた海斗は、慎重に一歩一歩確かめるよう通路を進む。
「……マスター」
「ああ、この先に……いる」
曲がり角の先を指差すティセ。
海斗の気配察知もこの先にいる敵の存在を告げている。
歌恋はコクリと頷き、強い意思を秘めた視線を向けて来た。
よく見るとその身体は小刻みに震えている。
だがそれも仕方ないことだ。ホブとの戦いでレベルが上がったとはいえ、あの時とは状況が違う。
援護ではなく、歌恋が自らの手で攻撃を仕掛けるのだから。
曲がり角の先をのぞき込み、目視で確認するとゴブリンが一匹。
他に敵の姿はないとはいえ、いきなり歌恋一人で戦わせるのは心苦しい。最初は海斗が動きを止め攻撃させる流れが良いだろう。
過保護だと思われてしまうかもしれない、だが万が一があってからでは遅い。
単独戦闘は何度か経験を積んだ後に行って貰えばいいだろう。
歌恋に準備はいいか、と視線で合図すると、大丈夫だと応えるように彼女は頷く。
「最初は俺が動きを止める。その後、攻撃をしかけてくれ」
簡単に流れを説明し、小鬼の短刀を手渡す。本当はもっと射程の長い武器を渡したい。
しかしレベルアップしたからと言っても、彼女にはまだ――今後身につくかは分からないが――親分の大剣を扱えるほどの膂力はなかった。
歌恋が小鬼の短剣を構えたことを確認し親分の大剣を――投擲。
「ギャギャッ!?」
足元に突き刺さる大剣に驚き、動きを止めたゴブリンに全速力で接近。
今まで何度も繰り返したように口を塞ぎ羽交い締めにし、敵の動きを完全に封じる。
バタバタと抵抗する緑の小人を腕力で押さえ込み、攻撃しやすいように首元の位置を調節。
恐る恐ると言った様子でゴブリンの側までやって来た歌恋に、頷きで合図を送る。
彼女は一瞬迷い躊躇うような仕草を見せたが、短刀を握る手にグッと力を込め覚悟を決める。
歌恋はゴブリンを強く睨みつけ――
「やぁぁぁぁあああああ!!」
気合いの籠もった掛け声と共に、緑の首筋へと渾身の一撃を放った。