戦いの後④
「海斗さん! ティセちゃん!!」
歌恋が慌てた様子でバックヤード側に駆けてくる。
しかしその声に海斗は反応を示さない。目を見開いたまま身じろぎ一つせず、棒立ちになったままだ。
「マスター! 急に大きな声出すからビックリしちゃったじゃない!!」
叫ぶように不満の言葉を口にするティセ。
「……って、マスター? あれ? どしたの?」
しかし反応を示さない海斗へとすぐに心配そうに寄り添う。
「海斗……さん?」
異様な様子を見せる海斗に、歌恋も恐る恐る声をかける。
二人の声が届いたのだろう。海斗は右手の人差し指で目の前にあるモノを指し示した。
「……えっと?」
歌恋には何を伝えようとしているのか理解出来ない。
「……? マスター?」
ティセも同じようで、首を傾げ不思議そうな表情を浮かべている。
理由は単純。それは海斗の指し示すものに、問題があるようには思えなかったからだ。
二人が何と答えれば良いのか思案していると、海斗は口を開く――
「これ……この鏡に映ってるのって……」
「えっと、海斗さんの顔以外に何か映ってますか?」
不思議そうに首を傾げる歌恋。
「そだね。マスターの顔だね」
海斗は窺うようにティセに視線を移すが、返ってくるのは同じ答え。
恐る恐る自分の顔を手で引っ張る。すると同じように鏡の中の顔が動く。
目の前に映し出されているのは自分自身の顔で間違いないらしい。
どう言うことだ? 海斗は困惑する。
鏡面に映っているのは確かに見覚えのある顔であることは間違いない。
だがそれは普段見ている顔ではなく、いや正しくはそれをいつも見ていたのは――一〇年以上前。
鏡の中に映るのは懐かしい、一〇代後半から二〇台前半にしか見えない海斗の顔が映っていた。
不思議そうにしている二人に事情を説明する必要がある。
だが、何と伝えれば判ってもらえるのだろう。
モンスターが出て来るような状況だ、素直に話せば意外と理解して貰えるかもしれない。
『あの……私、一ノ瀬歌恋っていいます! お、お兄さんは……』
ふと歌恋と初めて会った時のことを思い出す。
あの時、歌恋は海斗のことを『お兄さん』と呼んでいた。
気を遣ってそう言ってくれているものだと思っていた。だが今鏡に映っている姿であれば確かにお兄さんで通るだろう。
もっと早く気付いていれば、そう思いもするが自分の顔を確認する機会などなかった。
だが考えてみれば若返ること自体は悪いことではない。
出社したときにどう説明しようか。などと言った不安がないわけではないが、この場所で生き残ることに比べれば些細なこと。
「…………」
それに何よりも大きいのは、少し不安のあった部分が改善されている点だった。
自らの頭髪を軽く確認しながら、漏れそうになる笑みを抑え――ふと気付く。
若返っていることを歌恋に話すべきだろうか、と。
別に素直に話せばいいじゃないか、と思われるかも知れない。
だが歌恋が海斗に対して好意的なのは、もしかすると年代が近いと考えていたからでは?
おっさんと思われたら歌恋から避けられてしまうのでは?
そんな不安が脳裏を過ぎってしまう。
――別に命に関わることじゃないんだから黙っておけばいい。
そんな狡い考えが浮かんでくる。
だが自分のことを信頼してくれている歌恋に嘘を吐きたくはない。
海斗は意を決し口を開き――
「あの、さ。歌恋に聞きたいことがあるんだけど」
「…………?」
「俺って何歳に見える?」
直接伝えることが出来ない辺り、どこまでもヘタレ感を拭うことの出来ない海斗だった。
「……えっ! 海斗さんって二〇台前半じゃないんですか!?」
本当の年齢を伝えると、歌恋は驚きに目を見開く。
この反応はどちら寄りだ。悪い方向でなければいいのに、と強く願いながら言葉の続きを待つ。
「凄く若く見えるんですね……何か、凄いです! 流石、海斗さんって感じです!!」
なぜ賞賛されているのかは良く分からないが、どうやら好意的に取ってくれているように見える。
「いや、元々はもう少し年相応だったんだけど……もしかすると、これもレベルアップの効果かも?」
「うん、そうだよ。詳しい原理は分かんないけどね」
当たり前のように返されたティセの答えに驚きを覚える。
「れ、レベルアップってとんでもないですね。女の子の間で流行っちゃいそう……」
確かに一〇歳以上若返るとか、美容業界も真っ青の効果だろう。
どこかおかしな歌恋の評価に深刻に考えていたことが馬鹿らしくなる。
お互いに顔を見合わせ笑い合うと、再びカフェ内の調査を再開した。




