戦いの後②
「この中を調べるのが先ですよね……」
歌恋の声に頷きを返す。
あれだけ大変な思いをしてまで解放した場所。それを前にしてじっとしている訳にはいかない。
考えたくはないが、この場所に食料がなければ即座に次の手段を考える必要がある。
もしもそうなってしまえば、手元に残っているたった一箱のブロック栄養食が命綱になる可能性さえ存在していた。
できる限り早く、状況を確定させなければいけない。
きっと歌恋も同じではないにしても、近いことを考えたはずだ。
「ただその前に……」
海斗は歩き出し、ホブの攻撃で取り落とした小鬼の短刀を回収する。
武器はこの場所では命綱になる。放置してなくしてしまったら目も当てられないだろう。
用事を終え建物内に入るため、元々ドアのあった場所に向かって歩き出し――
「ちょっと待ってマスター! これ……どうするの?」
ティセの呼ぶ声に立ち止まる。
彼女の指し示す先に存在しているのは、ホブを倒す際の決め手となったモノ。
それはヤツが持っていた時には大して大きくは見えなかった。
だがソレ単体で見た時、そのサイズは異常とも言えるほど。
両刃の刀身は刃渡りだけでゴブリンを超える長さ、一メートル五〇センチ近くある。
腰に提げることなど出来そうにもない、背中に背負うスタイル以外で運搬は不可能と思える代物だ。
短刀をズボンに通していたベルトへと挟み込むように固定し、巨大な剣へ手を伸ばす。
頭の中に『親分の大剣』と言う言葉が浮き上がる。
「…………」
正直もう少し格好いい名前が良かった。
『小鬼の短刀』が何となく厨二心をくすぐるネーミングだっただけに、ガッカリとした気持ちが湧いて来る。
気を取り直し『親分の大剣』を手に取ると、先程振るった時に感じた重さはなく、簡単に持ち上がった。
驚くべき変化だ。間違いなく腕力が上昇している。たった一つレベルが上がっただけで、ここまで大きな効果があらわれるのか。
今までもレベルアップによって身体能力の向上は感じていた。
しかし直前に振るった『親分の大剣』の存在によって、より明確にレベルの恩恵を感じる。
きっとこの武器は海斗にとって大きな力になるだろう。
どうしても沸いてくる微妙な気持ちはともかくとして。
「ドロップアイテム……」
歌恋がボソリと呟いた言葉。それは奇しくも海斗が『小鬼の短刀』を手にした時と同じ感想。
「やっぱりそう思うよな……」
その言葉に海斗は納得する。単純な話だが確かにモンスターがドロップしたアイテム。
ゲームで当たり前に使われている言葉を深く考えることはなかった。しかし言葉にされると、正にその通りだと思える。
「本当に何て言うか……ゲームみたいですよね」
「ああ、でも遊びじゃなくて……これは現実だ」
歌恋は神妙に頷き、海斗に視線を向ける。
二人は視線を交わすことでお互いに気を引き締め、一歩を踏み出そうとして――海斗は手に持った大剣をどうやって運ぶべきか困惑する。
持ち手を含めれば一七〇センチはあろうかと言う巨大さ。
有り体に言ってしまえば持ち歩くには――非常に邪魔だった。
「…………」
片手で持つには重すぎる。両手で構えて運ぶのは有り得ない。背中に背負うとしても固定する物がない。こんな物をどうやって運べばいいのか。
思考を巡らせるが名案が浮かぶことはなく、取りあえず刃を斜めにし肩に担いで移動することにした。
重心が後ろにかかることで微妙に歩きにくい。だが上昇した身体能力のお陰で、そこまで不自由には感じない。
歌恋とティセを伴い建物の入り口へと向かう。
持ち運び方を考える間、何も言わず待っていてくれた二人の優しさには感謝しかない。
「少し待っててくれ」
入り口の前で立ち止まり、念のため敵の気配を探る。
薄暗いカフェの内部は目の前でカウンター側とバックヤード側に別れていた。崩れた荷物で多少視界が遮られているが、『気配察知』は問題なく発動する。
「敵は……いないみたいだ」
「え? そんなことが分かるんですか!?」
驚きの表情を浮かべる歌恋に頷きで返す。
ホブがいることには気付けなかったが、それは気配が多すぎたためだ。
細かいことは分からなくても、周囲に敵がいるかどうかは分かる。
「海斗さんって何て言うか……本当に凄いですよね。まるで武術の達人みたいです」
彼女の賞賛に少し気が大きくなりそうになるが、先程の戦いでの失敗を思い出し気を引き締める。
「まあ『レベルアップ』の恩恵ってやつだな」
「うーん。ってなると私も何か能力が? でも、何も変わった感じはしないし……」
歌恋はカクンと可愛く首を傾げ考える様子を見せる。
「まぁ、その辺りの検証はまた後で……かな」
「そうですね。戦いでは力になれませんでしたけど、捜し物なら私でも力になれるはずです!」
ムンと力こぶを作るようなポーズをとるが、見た目に何の変化も見られない。
格好良さや頼もしさではなく、ただ可愛らしさが強調されるだけだった。
「ああ、期待してるよ」
歌恋の言葉に応えながら、思わずにやけそうになる表情筋を引き締める。
「アタシも頑張って探しちゃうよ~」
「あっ、ティセちゃん!?」
先行してカフェ内へと突入するティセとその後に続く歌恋。
店舗の中へと入っていく二人を追いかけ――