戦いの後①
どうやらまたレベルが上がったようだ。
考えればあれほどの激戦。相当量の経験値を取得していたとしても、不思議ではないだろう。
レベルという目に見える報酬が与えられたことで、より勝利の喜びが大きくなる。
思わず笑みが浮かびそうになるが、目の前で固まっている歌恋が気にかかった。
彼女は――ティセを除けば――初めて名前で呼ぶことができるようになった女性。
様子がおかしければ、その原因について考えてしまうのも仕方ないことだろう。
そんな時、ふと脳裏に思い浮かんだ――もしかして歌恋もレベルがあったのではないかと。
恐らく間違いないのではと思える。彼女の表情を見るにきっと「あの」声は聞こえているはずだ。
だがほんの僅かな不安が脳裏を過ぎる。
もし『レベルアップ』の声が聞こえていなかったら。もし変人を見るような目で見られてしまったら。
この場所に来てから海斗の身体能力は常人の枠を超える次元へと成長している。だが肉体が強くなったからと言って、心まで強くなったと言う訳ではない。
そして何より海斗が恐怖を感じているのは、彼女との間に築かれた心地よい関係が壊れてしまうこと。
海斗本来の性質――他者と関わる際の日和見主義――が顔を出し、自ら動き出すことが出来なくなってしまう。
だがもし万が一『レベルアップ』の声が聞こえてなかったとして、歌恋が海斗を蔑むようなことがあるのだろうか。
見知らぬ他人や仕事上での付き合いしかない人を心から信頼出来るとは思えない。しかし歌恋のことは信じてもいい気が、いや信じられる気がする。
ならばここは自分から話題を切り出すべきだろう。
「もしかしたら変なことを言うかもしれないんだけど。今、何か声が聞こえたりしなかった?」
「えっ、海斗さんもですか?」
ここで明言出来ないところに少し情けなさを感じる。
とは言え海斗は歌恋の返事を聞き、心の中でほっと息を吐く。
どうやらレベルという概念は海斗以外の人間にも適応されているようだ。
「ああ、多分レベルアップって声だよな?」
「はい……。いきなり声が聞こえたんで、私、おかしくなっちゃったんじゃないかって不安になっちゃいましたよ」
歌恋の言葉に安堵する。それは彼女が自分と同じ感覚を持っていると分かったためだ。
もしもティセの存在がなければ、海斗もきっと同じように考えていたはず。
突然謎の声が聞こえたなら、まずは自分のことを疑って然るべきだろう。
「その気持ちはよく分かるよ。取りあえず、レベルアップのことなんだけど……」
歌恋に声をかけながらチラリとティセに視線を向ける。
ニヤニヤと浮かべていた笑みを慌てて引っ込め頷くティセ。
――もしかして気付かれていないと思っていたのだろうか?
わざわざ指摘して変に掘り返す必要もない。そう考え視線でティセにレベルの説明するように促す。
「うんうん。説明と言えばティセちゃんの出番だよね! 任せてよマスター!!」
二人の間へと移動し、彼女はアピールするように両手を広げるポーズを取る。
詳しい説明は彼女に任せておけば問題ないだろう。
そう考え、海斗は話し始めたティセの様子を優しい眼差しで見守ることにした。
「なるほど……レベルってなんだかゲームみたいですよね」
「歌恋もそう思うか?」
「はい。なんだかRPGの中の話みたいで……」
共感の意思を示す歌恋に、海斗は一人ではなく二人でいることの喜びを感じる。
自身と同じ考えを持って貰えることに、これほど救われた気持ちになるとは。
この『レベルアップ』という現象に関して、歌恋ともっと話し合いたい気持ちはある。
しかし今はそれよりも優先すべきことがあった。
ホブが出て来た建物に視線を向ける。
危険を冒してまでゴブリン達――ホブは想定外だったが――と戦ったのは、全てこの店舗の中に食料があるのではないか、と考えたからだ。
これはカフェと呼んで良いのだろうか? 飲料を売る店であることは間違いない。テイクアウトを専門とする販売店。
広さは、外見から想像するに八畳程度と思われる。
歌恋は海斗の視線に気付くと、同じくカフェを見つめる。
「『レベルアップ』に関して話をしたいのは山々だけど、今は……」