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もぐもぐタイム①

「ち、違うんですよ! えっと、その、別に、何と言いますか……」

 足を止め、ぴょこぴょこと跳ねるように主張する歌恋。

 しかし慌てた状態で口を突いて出る言葉は要領を得ない。

 くるくると変わる表情は愛らしく、非常に魅力的に見えるものだ。


「……プッ」

 思わず海斗は吹き出してしまう。

 先ほどまでの落ち込んでいた様子が見る影もなく消えている。


「むー……笑うなんてひどいですよ!」

 頬をぷくとふくらませ、とがらせた口で不平を述べる。

 恐らく怒っているぞ、とアピールしているつもりなのだろう。

 だが海斗からしてみればただ可愛らしいと感じるだけで特に怖さは感じない。


「わ……悪い。別にバカにするつもりはなかったんだ」

 特に悪気があった訳ではない。ならば素直に謝るべきだ。世の中、大抵のことは素直に謝罪すれば好転する。

 短くはない社会人経験から海斗はそれを学び取っていた。


「……反省してくださいよね。私だって女の子なんですから」

 ――効果抜群だ。

 まだ怒っている風を装っているが、声音に険は感じられない。

 ――それにしても女の子か。そんなことは言われるまでもなく分かっている。

 ついでに訂正すると『可愛い』女の子だ。


「本当にごめんね。そうだな、話の続きは軽く食事をしながらにするか」

「……!」

 食事の話が出た途端、先程まで二人のやりとりをニヤニヤと眺めていたティセの瞳が輝く。

 よほどブロック栄養食が気に入ったのだろう。その目は海斗のことを早く早くと急かしていた。


「あー場所は移した方がいいかな?」

 痕跡は何も残っていないとはいえ、この場で食事を取るというのはあまり良い気分ではないだろう。

 歌恋のことを考えて、提案を口にする。


「いえ、大丈夫です。ここには藤堂さんやティセちゃんがいますから」

 しかし彼女は海斗の想像よりも強い心を持っていたようだ。

 歌恋が気にしないのであれば、特に移動する理由もない。

 三人? で向かい合って座る。

 ゴソゴソとショルダーバックからブロック栄養食を取り出すと、箱を開け一包分を歌恋へと差し出した。


「ありがとうございます」

 彼女は感謝の言葉を口にするが、手渡した包みを開こうとはしない。

 恐らく海斗が手に持っている包みを開けるまで待っているのだろう。

 包みを開き、取り出したブロックを手にし口元へ――


「…………」

 じーっとまるで音でも鳴るかのような熱視線。気配のする方へ視線を向けると、口元に指を当てながらこちらを見つめるティセの姿があった。


 彼女の目は海斗の手元――ブロック栄養食に向けられている。

 口元に近付けると悲しそうな顔、離すと何かを期待するような顔。ころころと変わる表情に面白くなってしまい何度も同じ動作を繰り返す。

「えっと……藤堂さん?」

 不思議そうな顔でこちらを見ている歌恋。ハッと冷静になり、ティセに向かってブロック栄養食を差し出す。


「やったー!!」

 嬉しそうに海斗の手から食料を受け取ると、もふもふとブロックをかじり出すティセ。

 海斗が視線で促すと歌恋も両手を合わせ、小さく「いただきます」と発し包みを破る。そしてティセに倣う様にブロックを食べ始めた。


 歌恋はその仕草一つ一つに優雅さを感じる。

 お嬢様とかなのだろうか? そう思えるほど彼女はどこか育ちの良さを感じさせた。

 水気のない物を食べるのも辛かろう、そう考え目の前に置いていたペットボトルを歌恋に向かって軽く押し出す。


「ありがとうございます」

 笑みを浮かべ、手にしたペットボトルに口を付ける。

 コクコクと小さく喉が動き、口の中の栄養食をペットボトルの水と共に飲み込む。

 その姿に何故か艶めかしさを感じる。


「あっすいません。私ばっかり飲んじゃって……はい、どうぞ」

 差し出されたペットボトルに口を付けゴクゴクと水を飲み――ハッと気付く。

 ――これは間接キス!?

 いい歳をした大人が何を。そう思われてしまうかも知れないが、海斗は現在進行系で年齢と共に彼女いない歴を更新し続けている。故に慌ててしまうのも仕方ないことだろう。


「あっ……」

 歌恋は何かに気付いた様子を見せ、頬を赤らめる。

 隠すことの出来ないギクシャクとした気配が伝わってしまったためだろう。

 二人の間に何とも言えない甘酸っぱい空気が流れるが海斗の認識は違った。

 まずい……キモイと思われたかも。そんな心配で心の中は喧々囂々としており、恐る恐る歌恋の反応を窺う。


「…………」

「…………」

 ――すると二人の視線が交錯する。

 歌恋も気恥ずかしさに耐えかねて、海斗の様子を窺おうとしたからだ。

 感じている思いは違えど、全く同じ行動を取る二人。


「…………プッ」

「……くすくすくす」

 思わずお互い笑い合う。


「別に私は気にしてませんよ。藤堂さんが嫌じゃなければ、ですけど……」

「そんなことないよ。こっちこそ気がつかなくてごめんね」

「ふふっ……悪いことをした訳じゃないんです。謝る必要なんてないですよ」

 そう言って歌恋は優しく微笑む。

 気が付くと、二人の間に流れていた空気は優しい物に変化していた。

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