目覚めた先は①
「ね……ス……。マス……っ……! 早…………よ!!」
少女の声が聞こえる。それは明るい、活発さを感じさせる声。
アニメを付けっぱなしにしたまま眠ってしまったのだろうか。声の感じからして美少女キャラの気配がする。
しかも聞き覚えがないということは、まだ未視聴の作品である可能性が高い。
どんなアニメなのか知りたい気持ちが湧いてくる。だが今は睡眠を優先したい気分だった。
TVを消すのも億劫だったため、海斗はそのまま二度寝を決め込もうとする。
「ちょっ! なんでまた寝ようとしてるの!!」
――しかし頬に何かがペチペチとぶつかり、眠ろうとする海斗の邪魔をしてきた。
虫でもいるのだろうか。面倒だったため暫く無視をする。しかし時間が経過しても、頬に感じる何かが止まる気配はない。
しかもTVアニメの登場キャラのはずが、何故かこちらに話しかけてくるような台詞を言っているような。
だが今はそんな些末なことよりも、睡眠を邪魔する障害を取り除きたい。そんな衝動がふつふつと込み上げてきていた。
「……後五分だけ」
定番の台詞を口にしながら海斗は、頬に触れていたモノをむんずと鷲掴みにすると壁に向かって放り投げる。
「わきゃ~~~~~!?」
これで静かになった。平穏を取り戻し心穏やかに目を閉じる。
「もう……そう言うつもりなら容赦しないよー!!」
先程までよりもハッキリと耳に届く、怒りを孕んだ声。動いた拍子にリモコンにでも触れてしまったのだろうか。
目を閉じた海斗が不思議に思っていると――
「ティセちゃーん……アターック!!」
突然腹部に襲い掛かる激しい衝撃。
「ぐえっ! なっ……なんだ! 何事だ!?」
驚き目を見開く海斗。目の前に広がるのは知らない天井。
脳裏にとある有名な台詞が浮かんで来るが、今はそれを口にしている場合ではなかった。
慌てて上半身を起こし左右を見回すが、そこに見慣れた光景は存在しない。
困惑しながらも、自身の腹部にぶつかったモノが何なのかを探る。
しかし視界に映るのは、淡く光る土壁だけ。
目に見えぬ自身に衝撃を与えた存在。そして周囲の不可思議な光景。何一つとして海斗に理解出来るものが存在しない。
少しでも見知ったモノを探すように、ふらふらと視線と視線を漂わせる。
「もう、マスター! こっちだよ、こっち!!」
呼びかける声は自分の腹よりも下。仰向けの状態から、上半身を起こしただけの海斗からしてみれば、想定していなかった位置から聞こえて来る。
意味の分からない状況に不安を感じながら、恐る恐る視線を下方に移していく。
するとその先には――愛らしい少女の姿。
海斗は思わず目を見開く。それは少女が魅力的な容姿をしていたから、と言うだけではない。
気のせいだろうかとまぶたを擦るが、目の前の存在が消えることはなかった。
どうして少女は自分向かってマスターと呼びかけてくるのか。それはまるでどこぞのヒロインのような呼び方。
確かにそれも気になる。しかしもっと大きな問題の前では些細なこと。
そう少女の姿が――一五センチほどしかないことに比べれば。
まばたきを繰り返すが目の前の少女は、変わることなくその場に存在し続けている。
笑顔を見せながらこちらに向かって手を振る姿は、海斗に対して非常に好意的に見えた。
しかし周囲の景色――洞窟のような場所――も相まって、海斗は今の状況を夢だと断じ、再び目を閉じ横になろうとする。
「むきー! マスター! なんで無視すんのさーー!!」
叫ぶと同時に海斗の頭部に向かって飛び掛かってくる。
少女が髪の毛に手を伸ばし、引っ張ろうとした瞬間――
「……ッ!?」
海斗はカッと目を見開き、驚くほどの速度で少女の手を回避する。
三〇代は頭髪を気にするお年頃。まだ大丈夫だと思っていても、つい過剰な反応を示してしまうのは仕方ないことだろう。
少女は一瞬驚いた表情を見せる。だがすぐに気を取り直し、海斗の目の前へと“文字通り”飛んでくると――ニカッと満面の笑顔を見せる。
「マスターってば、やっとアタシの方を見てくれたね!」
――目の前の少女は美しかった。
まさに神によって作られたと形容すべき整った容姿。
薄いピンク色の髪の毛はショートカットに整えられており、頭頂部にぴょこんと生えたアホ毛がその存在を主張している。
身体にピッタリと張り付く黒いロングTシャツは、小さいながらも小さくない胸元の存在感を示す。
白いショートパンツから伸びる足は健康的で、少女にとても似合っているように見える。
背中から半透明の羽が生えているが、それが彼女の魅力を損なうことはない。むしろより引き立てているとさえ感じた。
「マスターってばアタシのこと無視して酷いんだから!」
海斗と少女の視線がバッチリと交わった。
まだ夢か幻覚ではないのかと疑う気持ちはある。
しかし先程までと違い意識がハッキリとしている以上、現実である可能性が高そうだ。
「あれっ、マスターどうしたの? あっ、さてはアタシに見とれてるな~?」
思考を巡らせながらぼーっと宙に浮く少女を見つめていると、彼女からそんな風に声をかけられた。
間違いではないのだが、指摘されると何とも言えない気分になる。
周囲の状況、そして目の前の少女。分からないことだらけで、頭がおかしくなってしまったのではないかと不安を覚えてしまう。
海斗からしてみれば一ミリも想定していなかった未知の状況。
しかしこちらをマスターと呼ぶ目の前の少女であれば、何か知っているのではなかろうか?
幸いにも現状ではこちらに対して友好的な存在に思える。
ならば今の状況を確認する相手として最適なのではなかろうか。
もし少女が幻覚だったとしても、きっと考えを整理する切っ掛けにはなるだろう。
海斗は自身の考えをまとめながら、口を開く。