少女③
「それにしても街の地下にこんな空間があるなんて……。藤堂さんはそんな話って聞いたことありましたか?」
「ああ、そうで……そっか。その辺りの説明もしないとな」
大切なことを説明し忘れていた。
神妙な表情を話す歌恋に、嚙みそうになりながらもこの場所がダンジョンであることを説明する。
「なるほど……ダンジョン、ですか……」
常識で考えれば納得など出来るはずのない話。だが実際にゴブリンに襲われている以上、否定することも出来ない。
歌恋の表情から、そんな複雑な心情が伝わってくる。
ここで気の利いたことでも言えれば良かったのだが、残念ながら海斗には事実を語ることしか出来ない。
少し考える様子を見せていた歌恋だったが、自分の中で一区切り出来たのだろう。海斗に視線を向けながら口を開く。
「でもここって、あの公園の地下なんですよね? 何だか広すぎる気もするんですけど……」
歌恋の疑問はもっともだ。色々考えることが多くスルーしてしまっていたが、それは確かに気になるところ。
海斗の中に仮説は存在している。だがまだ確信を持てていない内容を、憶測で語るのは避けたい。
「確かにそうで……だな。ティセ、このダンジョンって実際どこにあるんだ?」
困った時のティセ頼み。ダンジョンのことなら彼女に聞けば答えてくれるだろう。
そう考えた海斗は、答え合わせも兼ねて視線をティセに向けながら問いかけてみる。
「えっとねー、街の地下って言うか……うーん、何って言えば分かり易いんだろ? マナで拡張された異空間? みたいな感じになってるイメージかな」
海斗は自身の仮説が正しかったことを確認する。
そしてこの場所が異空間であると考え始めた理由に関して口を開く。
「それじゃあスマホの電波が入ってないのも……」
「うん。元いた場所とは別になるから、それが原因だと思うよ~」
やはりそういうことか。海斗は納得の表情を浮かべる。
都内で電波が入らないなど異常過ぎると思っていた。今は地下やビルの中でも電波が入るこのご時世。
インフラに大きな打撃を受けている可能性もある。しかし自身が五体満足であることから、この場所に何かある可能性の方が高いと考えていた。
しかし歌恋からしてみれば突然降って湧いたような話。事前の情報や仮説がなければ納得できるはずもない。
「えっ! そうなんですか!?」
歌恋は慌ててスマホを取り出しディスプレイを確認。そしてアンテナが立っていないことに気付き、驚きの表情を浮かべる。
普段使用しているものが使えない。それはとても不安になることだろう。特に今の若者はスマホが生活の中に当たり前に存在している。
「そんな……」
だからこそこの場所が日常から切り離された、別の理が支配している空間だと理解するには十分だったのだろう。
「でも、そうですよね。街の地下にモンスターなんているはずないですよね。それにティセちゃんも……」
周囲を見回し、そしてティセに視線を移した歌恋は、どこか納得した表情を浮かべる。
いや納得したと言うよりも、納得せざる得なかったのだろう。
歌恋の纏っているどこか暗い雰囲気が、海斗にそう感じさせた。
「でもそうなると……藤堂さんはこれからどうするんですか?」
まだまだ動揺もあるだろう。しかし彼女は気丈にも、未来へとその視線を向けていた。
海斗は歌恋の心の強さに感心しながら、これからの方針に関して思考を巡らせる。
「そうだね。勿論ダンジョンの探索は進めるんだけど、早めに食料を確保したいかな」
こちらの考えを伝えると、歌恋は何かを思い出すような仕草を見せ――
「あっ、私……」
『きゅー』
口を開いた瞬間、可愛らしい音が室内に響く。
海斗がティセに視線を向けると、彼女は違う違うアタシじゃないと身振り手振りで伝えてきた。
もちろんその発生源は海斗ではない。
視線を歌恋に戻すと、彼女は頬を赤くしあわあわと広げた両手の平を振る。