少女②
「むーアタシの時と反応が違う~!」
先程まで大人しくしていたはずのティセが、頬を膨らませながら少女との間に割り込む。
どうやら彼女は、海斗が過剰に緊張していることが気に入らないようだ。
「いやいや、ティセは存在そのものに驚いたんだって!」
自己主張の激しいティセに思わず言い訳じみた言葉を返す。
だがすぐに目の前の少女――歌恋と会話していたことを思い出し視線を戻した。
「…………」
すると目の前には、口を小さく開き驚愕に目を見開く少女の姿。
海斗はすっかり慣れてしまっていたが、ティセは常識の外にいる存在。
彼女が驚き、声を発することが出来ないとしてもおかしいことではない。
海斗はティセに自己紹介するよう、視線で合図を送る。
「……あっ! そうだよね。アタシはティセ! マスターのサポートをしてるんだよ!!」
彼女はくるりと一回転し、両手足を広げ大の字を描くようなポーズをとる。
「…………」
「あれ? アタシ何か間違っちゃった?」
何の反応も示さない歌恋の姿に、困惑した様子を見せるティセ。
すると少しずつ正気を取り戻して来たのだろう。歌恋の視線が海斗とティセの間を何度も往復する。
その仕草から彼女は自身の目の前の光景――ティセの姿――が現実なのか、判断しかねている様子が見てとれた。
ここは自分が主導するべきだろう。そう考えた海斗は口を開き、歌恋にティセと出会った時のことを話し始めた。
「藤堂さんにティセちゃんですね。よろしくお願いします」
ある意味タイミングが良かったのだろう。ティセの登場により海斗の恥ずかしい失敗――かみまみま事件――はなかったことにできた、はず。
こちらの説明を聞いた歌恋は、海斗とティセに挨拶を行い自身の身に起こったことを語る。
彼女から聞いた話をまとめるとこうだ。
歌恋は都内の共学高校に通う二年生。塾の帰り、幼馴染みの少年と共に公園にいたため今回の事件に巻き込まれたらしい。
目が覚めると一人。不安を感じながらもここを出るため行動を開始してすぐゴブリンと遭遇し今に至る――
「なるほど。あの時、公園で痴話喧嘩をしていた……」
言われて見れば確かに。海斗は彼女の声に聞き覚えたあった理由を理解する。
暗かったので気付けなかったが、あの時公園で怒声を上げていた少女は歌恋だったのだ。
「ちわ……痴話喧嘩なんてしてませんよ! あれはお母さんと携帯で話してたんです!! それにアイツとはそんな関係じゃ……」
即座に否定の言葉が返ってくるが、その内容よりもコロコロと変わる表情に目を奪われる。
第一印象は真面目で儚い感じの女の子だと考えていた。
ただ実際に接してみると、思いの他に話しやすい。
「そうだったのですね」
「……藤堂さん。私の言ってること信じてないんじゃないですか?」
気を取られ生返事を返してしまったため、その様に感じさせてしまったらしい。
「申し訳ありません。一ノ瀬さんの気分を害してしまったのならお詫びします」
特に他意はない。ならば素直に謝るべきだろう。
謝罪の言葉に併せて頭を下げる。お手本とも言えるような九〇度ピッタリのお辞儀だ。
「えっと、あの藤堂さん? どうしてそんなにかしこまった喋り方なんですか?」
「……いえ。私はいつもこんな話し方ですよ?」
「そんなことないですよね? ティセ……ちゃん? と話をしてる時と全然口調が違うと思うんですけど」
出来るならそこはスルーして欲しい。
海斗は同じ失敗を繰り返すことを恐れている。だからこそあえてクライアントに対応する様な気持ちで歌恋と話をしていた。
「藤堂さん、あなたは私の命の恩人なんですよ? それに私の方が年下なんですから、もっと砕けた感じで話して欲しいです……」
「…………」
歌恋の悲しそうな声に心が痛む。海斗は考える、一体どうするのが正解なのだろうかと。
「そんなにかしこまられちゃうと、私の方が緊張しちゃいますよ」
気を遣わせてしまっている。海斗は自己保身を図ることしか考えていなかった自らの行いを恥じる。
別に失敗したとしても彼女はそんなことで笑いはしないだろう。まだ会って間もないはずなのに、彼女はそう感じさせる雰囲気をまとっていた。
「……分かったよ一ノ瀬さん。直ぐには無理かも知れないけど、出来るだけ努力してみるよ」
「はい! よろしくお願いします!!」
望む答えを得た歌恋は満面の笑みを浮かべる。
平静を装いながらも海斗は自らの頬が熱を帯びるのを感じた。