救いを求める声②
普段運動しないとは思えないほどの異常な速度で通路を走る。
「わきゃっ!?」
激しい振動に振り落とされまいと、必死にシャツにしがみつくティセ。
「すまん。少しだけ我慢してくれな」
彼女をフォローするように軽く胸元に手を添えながら、全力で悲鳴の発生源へ向かう。
一〇〇メートル一〇秒を切るほどの速さ。しかし海斗の息は乱れないどころか、話をする余裕さえあった。
それは人の枠を逸脱せんとする、尋常ならざる運動能力。
あっと言う間に駆け抜けたその先は、開けた広間の様になっていた。
海斗は視界の端に、尻餅を付いた制服姿の少女を捉える。
少女は座り込んだまま後ずさりしようとするが、背後には壁。
彼女の眼鏡越しに恐怖と絶望に歪んだ表情が見える。
すぐ傍には三匹の異形の姿。緑色をした特徴的なフォルムを見間違うはずもない。
――ゴブリンだ。
ヤツらは逃げ道を塞ぐ様に取り囲み、中央のリーダーらしきゴブリンが追い詰めた少女に覆いかぶさろうとしている。
一対一ではない複数との戦闘。
未経験の状況に思わず足がすくみそうになる。
もし自身の安全を優先するのなら、少女を見捨てるのが正解だろう。
だが、もしこの少女を見捨てたとしたなら――海斗はそんな自分を許せるのだろうか。
――否。
考えるまでもなく答えは否。
別にヒーローになりたい訳じゃないし道徳を語るつもりもない。ゆえに人はこれを偽善と呼ぶのかも知れない。
だが目の前の救えるかも知れない少女を見捨てて生きる人生に、一体どんな価値があるというのか。
「……ティセ!」
「うんマスター! 気を付けて!!」
全てを伝える必要はない。ティセは呼びかけの意図を読み取ると、胸元から飛び出し距離をとる。
海斗は駆ける勢いそのままに大地を踏切り、中央のゴブリンに渾身の蹴りを放つ。
それはまるで特撮ヒーローの様な一撃。
跳び蹴りを受けたゴブリンはもんどりを打って隣を巻き込みながら地面を転がる。
少女の前に残ったゴブリンは一。突然の出来事を理解出来ず、驚愕の表情を浮かべながら動きを止めている。
ザザザザザ――
煙が出るような勢いで地面を削り急制動をかけると、海斗は一匹だけ残されたゴブリンへと向き直る。
再び駆け出す海斗。一瞬でその距離はゼロとなり、緑の異形は何も出来ないまま首を刎ね飛ばされた。
海斗は庇うよう少女に背を向け、残る二匹に視線を投げる。
蹴り飛ばしたゴブリンはよろよろと起き上がろうとしているが、ダメージが大きいのか直ぐに立つことは出来ず片膝を突いていた。
巻き添えにされたゴブリンは倒れたままもがき苦しんでいる。
敵は動けない状況。安全を重視するなら少女を連れて逃げるのが上策だろう。
しかし初めてゴブリンと戦った時のことを思い出す。ヤツは執拗に海斗を追いかけてきた。
あの時のことを考えれば傷を負ったゴブリンが仲間を呼び、追跡してくる可能性もある。
後顧の憂いは断つべきだ。
動ける方を先に処理し、最後に倒れたままのゴブリンに止めを刺す。
そう判断した海斗は油断なく敵との距離を詰めて行った。