救いを求める声①
「……一体どういうことだ?」
海斗は目の前の状況が理解出来ず、首を傾げる。
見知らぬ他人とはいえ同じ事故に巻き込まれた仲間。せめて遺品を持ち帰るだけでも。
そう考えゴブリンと初めて遭遇した通路までやって来た。
しかしそこに被害者の姿を見つけることは出来ない。
海斗は困惑し、念のため何度も周囲を確認する。しかし痕跡が見つかることはなかった。
場所を間違えたのかと考え、少し先まで進むが目の前は行き止まり。念のため手で触れ確認してみるが、何の変哲もない壁だとしか思えない。
ここに来るまでは一本道。途中で道を間違える様な場所は存在しない。
最初のT字路で曲がる方向を間違えた?
いくらショックを受けて時間が経っていないと言っても、左と右を間違えることなどありえない。
そうなると、場所はここで間違っていないはずだ。
で、あるならばどうして遺体がここに存在しないのか。
ゴブリンが全て? いやそれにしても何も残っていないのはおかしいだろう。
海斗は考える。他に一体どんな可能性があるのだろうかと。
ふと浮かんだのは自身が倒したゴブリンのこと。
ティセ曰く、倒したモンスターはマナに変わりダンジョンに吸収されるらしい。
もしかして人間も? 考え至ったのは――死者が亡骸も残さず消滅すると言う可能性。
しかしそんなことが起こりうるのだろうか。そんなゲームのような出来事が。
いやゲームのようだからこそ起こりうるのかもしれない。
もし会社の同僚にそんなことを言えば、疲労を心配されるか病院の精神科を進められる様な内容だ。
だが今はそんな異常なことが起こったとしてもおかしくない状況。
それに血痕一つ残さず、痕跡を消し去る方法など思いつかない。
「もしかして……。いやでも、人が消えるなんて……」
「まぁダンジョンも生きてるからね~」
「……それってどう言う事だ?」
思考を整理するため思わず口から出た言葉に、ティセはダンジョンが生きているのだと答える。
一体どう言うことなのだろう。疑問を解消するため、彼女に問いかけてみた。
「えっと生き物って栄養が必要でしょ? ダンジョンも同じなんだよ」
「それってつまり……」
「うん。ダンジョンが食べちゃったってことだね」
ティセの言葉に衝撃を受ける。もしかしたら、そんな気持ちは確かにあった。
だが言葉にされ、それが事実だと分かると言葉に出来ない感情が込み上げる。
死んだらそこまで。確かにそうかも知れない。だとしてもこんな終わり方は。
もし少しでも早くこの場所に辿り着いていれば、助けることが出来たかも知れない。
何か一つボタンを掛け違えたならばこの場所で倒れていたのは自分だったのかも知れない。
そんな思いが過ぎったからかも知れない。
「……せめて俺くらいはアンタの事を覚えておくよ」
海斗は手を合わせ、冥福を祈る。するとティセもそれを真似するように同じ動作をとる。
モンスターを狩ると決め、甘さを捨てると誓った。
今感じている感傷はもしかすると甘さなのかもしれない。
だがもしそうだったとしても、この気持ちは決して忘れてはいけない気がした。
絶対、地上に戻ってみせる。海斗は決意を新たに未踏の通路を進む。
慎重に慎重に。曲がり角では一度立ち止まり、先を窺いながら。
ダンジョンを一歩一歩進んで行くと、ヤツが再び目の前に現れる――ゴブリンだ。
「……マスター、まだ気付かれてないみたいだけどどうする?」
こちらに背を向け、歩いている小柄な化け物。ティセの言う通り、その姿には警戒心の欠片も感じられない。
緑色の背中を直接目にすると、心にざわめきを感じる。
恐怖や罪悪感。それらが水面に生じたさざなみのように蘇る気配。
胸元に手を当て、軽く目を閉じ深く息を吸い込む。
再び目を開くとティセに頷きで戦闘を行う事を伝え、海斗は姿勢を低くし息を殺す。
まるで獲物を狙うハンターの様に気配をまとい、ゴブリンへとゆっくりと近づいていく。
背後から飛び付くように口元を塞ぎ、小鬼の短刀でゴブリンの首を掻き切る。
赤い華を咲かせたゴブリンは、ビクビクと痙攣したあと声を上げることも出来ずその動きを止めた。
手を離すとドサリと緑の身体が地面に横たわる。
崩れ落ち動かぬ屍を見つめる海斗の目は怜悧な輝きを宿し、油断無く周囲を警戒する。 一度目の時とは違うその姿は、確かな成長を感じさせた。
周囲に敵対者の気配がないことを確認し気を緩める。
危険がないと判断出来た今、気にかかるのは遺体がどのようにしてその痕跡を消すのか、だ。
ティセはダンジョンに吸収されると言っていたが、実際にそれを確認してはいない。
疑っている訳ではないが、どうやって消えるのかは知っておきたいところだ。
目の前に意識を戻すと、幻想的な光景に思わず心が奪われる。
――ゴブリンは少しずつ光の粒へと変わり、空気に溶けていく。
淡く儚いその輝きはファンタジー以外の何ものでもない。
「本当にゲームの世界みたいだな……」
思わず口を突いて出た言葉。
一時期流行ったゲームの世界への転生や転移といったエンタメ作品を思い出す。
自分もそんな世界に迷い込んでしまったのではないかと考えてしまう。
ただどちらにした所でこれはゲームやアニメではない、現実だ。
海斗は苦笑いを浮かべると、ティセを伴い歩き出す。浮かんで来た考えを振り切るように探索を再開した。
その後、特に問題もなく順調に探索が進む。
海斗は精神をすり減らす二度の戦闘を経験した。
精神的な疲労は肉体に影響を及ぼすものだ、しかし海斗は疲労を全く感じていなかった。
それどころか、戦いを経る毎に身体が軽くなっている気さえする。
ますますゲームの世界みたいだ。海斗は苦笑いし、その考えを振り払う。
自分で感じている以上に疲れているのかもしれない。
順調過ぎる探索具合に一度休憩を挟んでも良いかもしれないと考える。
足を止めティセに声をかけようとした瞬間――
「いやぁあああああああ!!」
海斗の耳に女性の悲鳴が届いた。
どこか聞き覚えのあるような声。その発生源は近い。
「マスター!!」
「ああ……行くぞティセ!!」
脳裏に姿さえ残さず消え去った犠牲者の姿が浮かび――
海斗は胸元へと飛び込んで来たティセと共に、悲鳴の聞こえた方へと全速力で駆け出した。