ブヒート
風切り音と共に振り下ろされる刃
自身に向かって迫る死を呼ぶ一撃。
目を閉じたブヒートは、静かにそれを受け入れる。
彼の浮かべる表情。
その中には、どこか満足感が浮かんでいるように見えた。
優れた知性。
武人としての矜持。
多くの要素が彼をオークの王へと導いた。
しかし頂点に立ったことで、失ったモノもある。
それは自身に並ぶ強者の存在。
ブヒートは強い。
だからこそ彼は、オークの王になった。
頂に至った彼とまともに戦える者は一族の中にはいない。
別の種族、その長であれば互角に戦える実力者も存在している。
だがブヒートはオークの王。
自らの一族を危険に晒してまで、種族の存亡をかけてまで、戦うことはできない。
ずっと燻っていた、強者との戦いへの渇望。
破れてしまったことは残念だ。
しかしすべてを出し切り戦ったことに、大きな満足感を感じていた。
これで終わりというのは――
一抹の寂しさを感じながら、最後の時を待つブヒート。
――しかしいつまで経っても終わりは訪れない。
「……なぜぶひ?」
開かれたブヒートの瞳。
そこにはすぐ側を通り過ぎ、床に突き刺さる漆黒の大剣が映った。
「…………」
海斗は大剣を引き抜くと、肩に担ぐように構え――
無言のままブヒートに背を向けた。
「マスター、いいの?」
こちらを見つめてくるティセに頷きを返し。
そのまま上階に向かって伸びる階段へと一歩を踏み出す。
「トドメをさすぶひ! これは我に……戦士に対する侮辱ぶひよ!!」
立ち止まり、振り返る海斗。
「……俺が勝ったんだ。どうするのかは俺の勝手だろ? それに……」
海斗はブヒートから目を逸らしながら――
「お前になにか恨みがあるって訳でもないしな」
照れたように、ポリポリと頬を掻く。
「…………」
なにを言っているのか一瞬理解できなかったのだろう。
ブヒートは目を見開きながら、ぽかんとした表情を見せている。
「むぅ……敗者は勝者に従う、それが自然の摂理ぶひ。わかった、一つ借りておくぶひ」
気を取り直したブヒートは、一つ頷き、こちらの言葉に理解を示す。
「……お前の名前を教えてもらってもいいぶひか?」
海斗の目をまっすぐ見つめながら、ブヒートは自身を倒した男の名を問う。
「……海斗だ」
「……海斗。その名前、確かに覚えたぶひ。我はオークの王ブヒート。我が一族の名誉に賭けて、海斗……お前たちと敵対することはないと誓うぶひよ」
大仰な誓いの言葉。
ブヒートはどこか人好きのする笑みを浮かべる。
「またぶひぃ」
「……ああ、またな」
海斗はブヒートに背を向けると、軽く手を挙げながら歩き出した。




