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プロローグ

 人は誰しも一度は自分自身の将来に、夢を抱いたことがあるはずだ。


 例えば野球やサッカーの様なスポーツ選手。

 それは多くの少年が一度は考えたことのある将来の夢だろう。


 例えば歌手や役者の様な芸能人。

 キラキラと輝くスポットライトに照らされて、多くの人々から声援を受ける。きっとそれは他に替えがたい魅力があると思う。


 例えばそう、エンジニアやプログラマー、ゲームクリエイターなんて夢も良いかもしれない。

 自らの生み出した作品を世に送り出し、多くの人々に影響を与える。それはとても素敵な仕事だろう。


 夢を抱き、夢に向かって努力をする。それは本当に素晴らしいことだと思う。だからこそ努力している姿は美しく、その輝きは他者を惹きつける魅力を持っている。

 では、自分はどうなのだろうか?


 ――藤堂海斗には夢がなかった。

 夢を諦めた訳でもなければ、夢に破れた訳でもない。

 そうただ目標とするものが何もなかった。


 特別なにか問題のある人間という訳でない。

 社交的という訳ではないが、人見知りというほどでもなく、話しかけられれば答えを返す事くらいは出来る。


 運動神経も特別優れている訳ではないが、クラスで言うなら丁度真ん中くらい。

 良くも悪くも普通。人気がある訳でもなく、嫌われている訳でもない。そう例えるなら、空気の様な存在というのが適切かもしれない。


 だからだろうか? 深く誰かと関わらなかったから? 就職を機に学生時代、交流を持っていた者と連絡を取ることはなくなった。

 そして今では会社関係以外で人と関わることは殆どなくなっていた。

 その人生に願いはなく、何か大きな目標を持つことも出来ず、ただ毎日を流される様に生きている。


 ではそれは不幸なことなのだろうか?

 海斗はそうは思っていなかった。


 確かに就職先が少し――いやかなりブラック気味で、休日に自主出勤を行わなければいけないことに不満はある。

 しかし広くはないが日々を過ごす部屋があり、食事に不自由することはなく、空いた時間には趣味の漫画を読んだり好きなゲームをプレイ。

 誰に気をつかうでもなく自分のために余暇を謳歌することができている。


 もしかすると他人には理解して貰えないかも知れないし、否定されるかもしれない。

 でもそれは海斗にとって当たり前の日常。

 だからそこに大きな不満はなく、そんな日常がずっと続くと思っていた。



『一一月二三日(土)二〇時一四分』

 海斗は手にした携帯に表示された時刻を確認し、深いため息を吐く。

 今日は土曜日。普段であれば自宅でのんびりしているはずの時刻だ。

 しかし職場からの急な呼び出しを受け、この時間まで働くことを余儀なくされてしまった。


 愛社精神という名のタイムカードに記載されない業務。それを完了させた帰宅途中、海斗はついつい早足になってしまう。

 それは単純なことかもしれないが、早く自宅に帰りたいからだ。


 別に誰かが家で待っているわけではないし、誰かと約束をしている訳でもない。

 ではなぜ急いでいるのか。その理由を説明するためには、少し時間を遡る必要がある。



 ――それは数日前。携帯のメールを整理していた時のことだ。

 メールでやりとりする友人などいない海斗にとっては、新作ゲームの告知やタイムセールを知るための行為。

 次々と仕分けを行いゴミ箱フォルダへと移していく中、一つ目のを引くタイトルがあった。


『超大作RPG! 業界最高峰のグラフィックで贈る至高のダンジョンアドベンチャー』

 ありがち過ぎて今となっては使われないようなフレーズ。

 この題名を付けた相手が気になり差出人欄を確認すると、そこには見たことのない会社名。

 実際どの程度のものか見てやろう。そんな軽い気持ちから取りあえずメールを開き、URLをクリックする。


 その先にあったのは事前登録ガチャ。

 どうやらこのゲームはソーシャルゲームのようだ。

 海斗は普段目についたソシャゲを片っ端から事前登録している。

 正直なところ、このゲームを登録した記憶はなかった。

 しかし事前登録ガチャが回せると言うことは、恐らくこのゲームもそうして登録したものの一つなのだろう。


 ページ上には表示されている、レアリティ毎の排出キャラ一覧には、小さく顔部分のみが表示されている。しかしこれではどのくらいのレベルなのか判断出来ない。

 取りあえずガチャを回してみると、出て来たキャラクターのグラフィックは確かに最高峰と歌うに相応しいクオリティ。

 色々なキャラクターの全身画像をみてみたい。そう海斗が強く思えるほど美麗なイラストだった。


 それからというもの、この事前登録ガチャを回すことが海斗の日常に組み込まれることになる。

 SSRまでは何度か引くことができた。だが海斗が欲しいのはその上に存在しているもの。シークレット枠として設定されているURのキャラクターだった。

 他のキャラと違ってURは顔のシルエットだけしか公開されていない。

 どんなキャラなのだろう。海斗の興味はもはやゲームよりも、URを引くことに傾いていた――



 早足で帰り道を進む中、海斗はふと変化に気付き足を止める。

 目の前には真新しい公園が広がっていた。

 海斗の住む街は、アニメの街を標榜し近年大規模な工事が行われている。

 多種多様な店舗が入る予定の高層ビルが無数に建築され、目の前の公園も改装工事が行われていたはずだった。


 自宅と会社を往復する毎日は、自分の住んでいる街の変化に気付かないほど慌ただしいものだったのか。

 そう感慨に耽りそうになるが、土曜も当たり前の様に出勤するほどには忙しいのだ。それも仕方ないことかと思い直す。

 改装前の公園は、土日の日中ともなればフリマでも開かれているかの様に盛況だったはずだ。


『一一月二三日(土)二〇時四九分』

 このまま家に帰ると二一時を回ってしまう。

 海斗は取り出した携帯に表示された時刻を見て思わず頭を抱えそうになる。

 事前登録ガチャ。その期日が今日の二一時に設定されているからだ。


 歩きながらガチャを回せばいいじゃないか。そのように思われてしまうかもしれない。だが最近歩きスマホによる事故が多いことを海斗はニュースで見ていた。

 社会人である以上、リスクは可能な限り回避したいと考えるのは当然のこと。

 本当は凄く回したいが、歩きながらスマホを使うのは避けたい。とはいえ家に帰り着く頃にはタイムアップ。


 目の前に広がる静かな夜の公園に視線を向ける。この場所なら座ってガチャを回すことも出来るだろう。

 それほど大きくはない端から端が見渡せる程度の広さ。海斗はそこに設置された縁石に腰かける。

 サイトを立ち上げ、『事前登録ガチャを回す』をクリックしていく――



 何度かガチャを繰り返すが、やはりURは出ない。

 現在画面に表示されているのはSSR。時間を確認するともう少しで二一時になりそうだった。


 次のガチャを回すべきか――海斗は深く考える。

 本来ならば時間制限一杯まで何度もガチャを回すべきだろう。

 しかしギリギリまでチャレンジ出来ない理由があった。

 この事前登録ガチャの問題点。それはガチャを回すと、自動で配布キャラが更新されてしまうことだ。


 だからこそ、ここでガチャを引いてもいいものか迷ってしまう。

 SSRも決して高確率で出現するわけではない。引き直しを行い悪い結果が出た場合、もう一度SSRを引けるとは限らない。


 クリックすべきか指先をふらふらと左右に行き来させていると突然――女性の怒声が聞こえる。

 驚きそちらに目をやると、そこには二つの人影。

 一人は私服の恐らく高校生くらいの少年。もう一人は携帯電話を手にした制服を着ている少女。

 おそらく先ほどの怒声はこの少女が発したものだろう。


 痴話喧嘩なら二人っきりでして欲しい。

 迫る今年のクリスマスに何の予定もなく――毎年のことだが――独り身で過ごす予定の海斗からしてみれば少しイラッとしてしまう。

 彼女が出来ないわけではない、作らないだけなんだ。

 そんな言い訳じみたことを考えていると――


「あっ……」

 先程の怒声で、思わずガチャを回してしまっていることに気付いた。

 演出が始まってしまっては、もはや打つ手はない。

 時間を戻すことが出来ない以上、他に出来ることはないと祈るような気持ちでスマホの画面に念を送る。


 仕様上、演出が終わった後の光でレアリティが分かる。

 願いを込めて見つめていると演出が終わり、光が溢れその色は――白。


「くそっ! ノーマルかよ」

 思わず憤りの声が漏れてしまう。

 こうなってしまった原因のカップルに視線を向ける。ちょうど少女が少年を置いて公園の出口へと歩き出すところだった。

 どうやら喧嘩別れのようだ。ざまぁみろと言う気持ちがないわけでもない。

 しかしなんだか嫌なものを見てしまった気持ちの方が強かった。


 海斗はそんなことを考えながら視線をスマホに戻す。すると白い光が点滅しており――虹色に変わる。


「おおっ!?」

 見たことのない演出に期待が高まり、思わず強く携帯を両手で握り締め立ち上がる。

 こいこいこいこい! 画面に穴が空くほど見つめているとそこにはURの文字が浮かび――ふらりと体勢を崩した。


 興奮しすぎたのか、それとも疲れているのだろうか? 今日はゲームをせず早めに寝た方が良さそうだ。

 しかしそんなことよりも今はURのグラフィックを、そう考えた瞬間――海斗の視界が大きく揺らいだ。


 それは確かに揺れていると分かるほど大きな地震。

 海斗は倒れまいと両足に力を入れ踏みとどまる――が、足元の感覚が消え去る。

 驚き目を見開くと先ほどまで舗装されていたはずの地面は消失し、突然現れた大きなひび割れに身体が飲み込まれていく。


 まるでジェットコースターに乗ったときの様な浮遊感を感じ、目の前が真っ暗になる。

 数瞬後――グチャリと何かを押し潰すような嫌な感触と共に、背中に強い衝撃が走る。

 スマホから漏れ出す少女の声が場違いに響く中――


『……ス……を……。……ル……プ。…………ボー…………り…………が…………ます』 海斗は脳内に響くような声が聞こえた気がしたが、それを認識する前に意識が薄れていった。

思いの外に長くなってしまいましたが、

二話目~は大体二〇〇〇文字前後を目安にアップしていく予定となっております。

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