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幸田露伴「みやこどり」現代語勝手訳(36)

 其 三十六


 今日にでも、お手紙をいただけるのではないか、そうでなくとも何時(いつ)かきっとお手紙が来る、いや、あるいは狎々(なれなれ)し過ぎると、お腹立ちのままお返事さえいただけないかもと、待ちつ迷いつしていた時、嬉しくもお便りを頂戴し、繰り返し繰り返し、少しのお言葉も()(のが)さないようにと、心細やかにして読ませていただきました。

 このようにお手紙もいただいておりますので、言うことでもございませんが、この度のお手紙にも頻繁(しげしげ)な手紙の往来(ゆきき)は憚られると書いておられました。けれど、こちらからの手紙を五月蠅(うるさ)いとお思いにならないのであれば、何卒(なにとぞ)、何卒せめて手紙だけは貴方様の(もと)へお出しすることをお許し下さい。いやしいところから、(いや)しい者が賤しい気持ちでお招きする手紙などを何度もお出しするなら、(いま)まわしいともお思いになるでしょうが、お父上、お母上のお眼に触れればと、手紙の書きぶりの(つたな)さ、文字の幼さは別として、何も(はずか)しいところなどはないと、自らの愚かな眼ではありますが、そう見える手紙を、思いに堪えかねて書いておりますので、そんなにお憚りになられることもないのではと、都合好く考えております。

 なるほど、口惜しい(ところ)にも()ち、情けないものにもなっておりますが、と言って、人らしい心も失わず、犬猫のような行いもせず、苦しい中にも生命(いのち)をかけて堪え忍んでいる身として、当たり前のことですが、今もなお(はずか)しくない心を抱いております。そして、この心でもって貴方様と真剣に向き合っておりますこと、過ぎたこととは言え、(はずか)しくないと思っております。

 この度のお手紙をいただき、ますます貴方様に色々とお話しもさせていただきたく、またご助言も賜りたいという思いで、奥底なく遠慮なく、思うままをお話しいたします。苦しい中にあって、他人(ひと)に対しても()じないように身を保とうと悶えている私の身を哀れだとお思いになって、この願い、お許し下さいますよう、ひとえに願う次第でございます。

 お手紙の中で、せめて心さえ美しく持ち、身さえ道理に外れないようにしていれば、助ける人にも巡り会って、不幸の中から脱けられるようになる、いたずらに味気ない毎日を送ってはいけないとのお慰めは、本当にありがたくかたじけなく思っておりますが、どうしてこんな(ところ)に居る者に、こんなところにやって来る者が、心美しく身持ち正しくしようとする者を哀れとも愛おしいとも思うでしょうか。たまたま、貴方様が此地(ここ)にお見えになって、偶然一時(ひととき)二時(ふたとき)お眼に掛かった他には、情があると思える人に会ったことがありません。

 常に前後左右に居る者は皆、あの肥肉婦(ふとりじし)のような者ばかりで、他人(ひと)懐中(ふところ)黄金(こがね)の多い少ない、身につけている衣服の好い悪い、そうでなければ、顔の色が黒いか白いか、馬鹿な話しをするのが巧いか下手かなどをあげつらい、噂するに過ぎず、身持ちの悪い者を(いき)だと言い、正しい行いをする者を野暮だと笑い、日に日に私などがそうあって欲しいと思い望むことを、律儀過ぎだとか、阿呆気(あほうげ)だとか言って嘲笑(あざわら)うのでございます。

 外からお越しになる方々は、例えば花岡様、福岡様のような(かた)ばかりで、福岡様などはまだ()(ほう)で、それよりももっと度を超して(わる)(さか)しく、手荒く、あるいは愚昧(おろか)しい人も居られます。大抵は他人(ひと)を苦しめては楽しみ、また他人(ひと)を欺いては悦び、少しも誠実(まこと)というものがなく、酔った上の馬鹿騒ぎで、油紙が燃えるほどに喋り、唾液(つば)が飛ぶほど笑い、語呂合わせとか駄洒落とかが言えた時などはやたらと誇らしげになって、変な声を出して猥褻(みだら)な歌を歌い、俳優(やくしゃ)の口真似をしては、独り悦ぶ類いの人ばかり。どうして仰る通りに心を持ち、身を保っていて、仰るとおりの好い運になど巡り会うことが出来ましょう。


つづく


墨染(お文)の手紙は、次回にも続きます。


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