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幸田露伴「みやこどり」現代語勝手訳(2)

 其 二


辨吉(べんきち)、お前は何をしておる、千三郎も百二郎も外へ出て、人も少なくなっているのに、奥の猫なんか店に持って来て遊んでいてはならんぞ。声変わりもしてくる(とし)になって、少しは自分から商売を覚えようという気が無くてどうする。馬鹿め、さあ、これを深川の秋田屋へ持って行って(はん)をもらって来い。新三郎、お前にも用がある。下谷(したや)(しょう)泉堂(せんどう)へこれを持って行って、金を受け取りながら、ついでに大納言(だいなごん)()いのが(はい)りましたので、こちらのお店へと思い仕入れて置きました。まだ前の分もお残りではございましょうが、お取り置き下さいませんか。品は先々月(せんせんげつ)お買い求め戴き、お褒めいただいたのと同じ所の出で、あの時より粒が大きゅうございます、と言って、注文を受けてこい。それから、地回りの鶏卵(たまご)につきましての先般(このあいだ)のお叱言(こごと)は重々恐れ入りました。その代わり、今度のは大分格を上げましたので、品には自信がございます。結城屋様から入りますのと、お比較(くらべ)になり、沢山(たんと)ご注文をお願いいたしますと、しっかり言え。いいか、分かったか。鶏卵だけを結城屋に入れられるようになると、自然、他の品も段々結城屋のを取ってこちらのを取らないようになるから大事だぞ。勘定をよこさなかったとしても二度目の催促はするな。金は取らなくても、注文を受けてくるようにしろ。ああ、辨吉め、何をまだうろついている」と、二人に使いを(いいつ)ければ、辨吉は帳面を受け取って、佐賀町をさして店を出るが、やがて黒ウシ黒ウシと、近所の犬をけしかけながら、用事は忘れたように駈けて行き、新三郎は注文は果たして上手く取れて、しかも勘定も取れれば好いのだがと、心配しながら真面目に下谷を目指して出て行った。


 千三郎殿か百二郎殿が居れば二人の(うち)のどちらかがこのような使いをするはずなのだが、手が足らない中なので、どうにかして少し難しいこの使いも上手く果たして褒められたいと、路地(みち)路地(みち)も口上を口の中で練ったりなどしながら、広小路の菓子屋松泉堂にやって来た新三郎、言い付けられた通りを弁舌賢く言えば、こちらで思っていたのとはまるで違って、勘定をくれるどころか、注文をくれるどころか、頭ごなしの凄い剣幕で大叱言(おおこごと)

「あんな鶏卵(たまご)を寄こすとはどういうことだ。値切りもしないで買ったのに、半分以上はまるで使えない乱ればかり。あれでも食えると言うなら、坂本屋の旦那自身、ここへ来て食うて見せて下され。此店(こちら)では食えない菓子は造らないから、割ってみて泥か牡蠣のような玉子は寄こしてくれるなと、帰ったらきっと言ってくれ。第一、忙しくもあろうけれど、お店の旦那自身おいでになってもいいはずのところへ、お前のような半人前にもならない者が来ては話にもなりはせん。注文も勘定もまたのことにしよう」と、言い退()けられて、涙が出そうな気持ちになったが、一生懸命に、こっちの眼が届かないために、悪い品を入れてしまった謝罪(あやまり)を言い尽くし、頭を百度も二百度も下げ、「ヘイヘイ、ハイハイ」の数を尽くして、色々に言い訳をした末、ようやく先方(さき)の気持ちを取り直させ、勘定も五十何円を受け取り、小豆(あずき)の注文も受けて、『嬉しい。先ず先ず帰って旦那に叱られはしまい』と内心ホッとして、重荷を下ろした心持ち。勇んだ気持ちで足も自然に軽くなり、『あの辨吉よりも早く帰って、旦那のご機嫌の好い顔を見なければ』と、ただ心はそればかりになって、御成道(おなりみち)から萬代(よろず)(ばし)にかかり、よし、あと少しの道だと、黄昏(たそがれ)近い大通りの道の人が忙しげに歩き、人力車がりんりんと馳せ違う中を急いでいると、前面(むこう)から小股走りにやって来た小男が、これも道を急ぐと思われるけれど、避ける暇もなく、どんと新三郎に突き当たっておきながら、

「眼を()けて歩け、この小僧が!」と、激しく叱ると同時に、横面(よこつら)を叩いて風のように走って行った。

 粗忽なのはお互い様なのに、得手勝手な男めと、呟きながら、痛む頬を押さえて、ふと気がつけば、右の手に今まで持っていた金の包みは影も無し。

「アッ!」と、驚いた新三郎。

「大変だ! 盗賊(どろぼう)だ! そいつを捕まえて!」と我知らず叫んで駈け出し、韋駄天(いだてん)走りで後を追ったが、人の顔も段々と定かにならなくなる頃で、口惜(くや)しいけれど、あらぬ人を疑ってしまうだけで、追いかけた甲斐もなく、結局街上(まち)を騒がせただけに終わってしまった。


つづく

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