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幸田露伴「みやこどり」現代語勝手訳(18)

 其 十八


 最初の(うち)は誰しもビクビクして危ない真似はしないようにと心掛け、大事の上にも大事を取って売り買いするもの。しかし、そのうち何時(いつ)となく、本筋の相場師肌になって、多くの人にも逆らい、自然の趨勢(いきおい)にも刃向かって、自分の度胸で場面がどうにでもなるように思うようになって来る。世界を一ト呑みにしてやると鼻息荒く、先祖が釈迦を口利きに頼んできても取り合わないくらい自分勝手に豪気になって、あくまでも我を通したがるのが、その道に入った者の通る道。

 もとより、骰子博奕(さいころばくち)同様の商法にはこうした強い我がなくては叶わないことなので、時には梃子(てこ)でも動かないその我の馬鹿強いところから途方も無い利益を得ることもあるのだが、大抵は始めは好くても後は悪くなるだけで、自惚(うぬぼ)れから失敗(しくじ)って、元も子もない無一文となり、いずれ客引きにでもなってお終いとなるか、あるいは一、二年の間、東京者なら高崎か甲府あたり、大阪なら桑名か金沢あたりに影を埋める身となるのが何人も人の眼に映ることにもなる。


 宗太郎は悪所(*遊郭)にでも行くように母に隠し、妹の目を盗んでは日々(きも)を冷やし、人知れず何度も腋に冷や汗を流し、また、人には言えない熱汗を両の()に握って、血を吐くほどの気苦労烈しく月日を送っていたが、こういう事に身を委ねるに至った心中を尋ねれば、間違ったこととはいえ、一ト筋の理屈も無いことでは無かった。

 世の中は(かね)で廻っており、つくづく考えれば義理も人情も口だけでは嘘になり、心だけでは嘘になり、金が働かない(うち)は何もかも役に立たない。伊勢流、小笠原流の整然とした儀式も金が化けたものである。利休が(じょう)(おう)(*武野(たけの)紹鴎。茶人。利休に影響を与えた)の後を追う風流にしても、銭が無く、日常に使う手取鍋(*把手の付いた鍋 以前はこれで飯なども炊いた)の生活(くらし)では何が嬉しいものか。所詮、憎い奴の面を叩き、可愛い奴の背を撫でる時も、黄金(おうごん)(へら)でやらなけなければ効能(ききめ)があるとも思えない。娑婆(しゃば)で溜飲を下げるほどのことをして死にたいと思えば、血の雨を降らせるか、金の浪を打たすかより他に仕様がない。堺屋などに見くびられて、無念の思いをするのも、つまりは金。そうであれば、一生に一度は何としても我が家の棟に黄金の花を咲かせなくてはと考え、工夫もするが、半文や一文の口銭取りでは運良く十年、十二年続いたところで、眼の覚めるようなことにはならない。海の底に潜らなければ珊瑚は取ることが出来ない道理で、もしやり損なえば欠け椀に粗朶(そだ)箸を持つような生活をしなければならない身になるのを覚悟で、危ない瀬を踏む代わり、やり当てれば一ト()しに天へも上るというようなことをしないでは到底面白いとは言えない。

 生活(くらし)小人数(こにんずう)で、贅沢というのも面白くなく、身体は暇というも変なものである。今の商売はさらりと捨てて、新規播き直し、乗るか()るかの運試しをやってみるぞ、やり損なったところで裸になるだけ。借銭負って首を取られたという話は聞かない。怖いもののない世界で一ト()ね跳ねないのは男児(おとこ)を自分で捨てるというもの。胸糞悪く、くよくよ暮らすよりは、やれるところまでやってやろうと考えたからこそ、家を畳み、商売を止めて危ないことに手を出したのであった。


 一月二月の間は小損小損で、さしたることもなかったが、結果として損をしたものを差し引いてもいくらかの利益が出たので、ようやく掛け引きも覚え、度胸も太くなった宗太郎、図に乗っていよいよ本腰を入れ、力を出し、張り込んで売ったり買ったりを繰り返して行けば、利運強くタイミングよく、買えば上がり、売れば二倍三倍の儲けと折り返し折り返して、たちまち数十倍の大勝利を得た。 

 他人(ひと)もあやかりたいほどの勢い鋭く、堂島を蹂躙し、何時(いつ)とはなしに破竹(はちく)という渾名(あだな)をもらうようになった。


つづく

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