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幸田露伴「みやこどり」現代語勝手訳(17)

 其 十七


 その日はとりとめもないくらい騒いで最後は酒で終わり、すべて成り行き任せで済ませたが、明くる朝、宗太郎は小僧の忠実(まめ)なのを二人残して、店の者全員に相応の手当を取らせ、是非ともここに残って働きたいという者をも諭して暇を出し、店の戸を引かせて商売を閉じさせた。今まで家内(かない)の人数が多く、出入りも烈しくて賑やかだったのに引き替え、がらんがらんとなったもの淋しさ、大きな寺に捕虜となったようになれば、母のお伊喜も、妹のお文も悲しさやるせなく、不安になって、色々と宗太郎の考えを尋ね、これから先を気遣って意見をするが、ふっつりともその(こころ)を語らず、意見も聞こうとはしなかった。

「お眼長く見ていて下さい。誰も悪くなろうとして分別も思案もするものではございません。私の智恵で出来るだけのことを考え、私の度胸で出来るだけをやって退()けるのも、今の苦しさよりも将来の安楽を望んでのことと思っていただき、ご安心下さい」と言うだけであった。後は何を訊いても、言っても黙ってしまうので手の付けようもなく、一日また一日と過ぎて行ったが、半月と経たない(うち)に突然に引っ越しすると言い出し、手伝いの者達を狩り集め、めぼしい道具、日用雑器の他はすべて捨ててしまった。

 引き移った先は市中を離れ、桃谷(ももたに)にある少し景色の好い所に建った風流でこざっぱりした清楚(きれい)小家(こいえ)で、そこでは気の利いた小間使い、炊婦、小僧一人と親子三人の他には人もいないこぢんまりとした暮らしとなった。売るものは売り、暇を遣る者には暇を取らせ、土蔵付きの江之子島の家も望む者に譲って整理し、浮世を早くも仕舞ったような暮らしぶりで、別に何をすることももなく日を送っていた。


 家、蔵、土地を売ってどれくらい手にしたのか、新しく家を買い、土地を買いしてどれくらい使ったのか、今手許にある金はどれくらいなのか、店を畳んだ時の損益の決算はどうなったのかなどは、母も知らなければお文はなお知らず、気にならないこともないのだが、何度訊いても無益(むだ)なので、尋ねもしないようになって、何が何やら少しも分からないけれども、それにも馴れてくると別に苦にもならなくなった。

 宗太郎が母の無聊(ぶりょう)を慰めようと、お文のために活け花、()し花の師匠を招き、茶の宗匠、琴の師匠を呼んで、その道を習わせれば、好きな道なので、母はこれに気を取られて、何時となく気張らし三昧の身を(かえ)って面白いと思うようになった。


 桃谷に移ってから一ト月、()(つき)経った後、宗太郎は日毎に外に出て行き、夕暮れ前に帰るようになった。初めの頃は母も妹も気にしなかったが、決まって毎日のことになって来ると、

「どこへ?」と訊くのだが、

「市中の様子を見たり、世間の噂を聞くためにあちこちの友人、知人を尋ねております。その(うち)(しか)としたところを見極める好いことがあれば、一ト旗揚げるつもりでございます」との答。

 それにしては大風、大雨の日にも無理に出て行かなくてもいいだろうに、男が少なくて何かの時には困るので、今日だけは(うち)に居てと、止めるような暴風雨(あらし)の日も出ていくので、何やらおかしいと疑われるのも道理であった。実は、ただのお遊びとはまったく違い、毎日毎日、危ない所に足を踏み入れ、死生を決しに行っていたのだった。


 世間に商売の種類は多いけれど、結局の所は、口銭取りと賭博、すなわち、商品や株の売買の仲買をしてその手数料を取ることであり、どの品、どの株を見極めるのかは賭博をするようなものである。

 商売の本質は仲介による口銭取りということになるにせよ、見込みを立てて、買いに掛かり、または進んで売りに廻り、見込み違いとなれば痛手を負うのは覚悟の上として、自分の思惑通りに時価が動くのを見て、巨利を得る。これより他に男児(おとこ)らしい商売のやり方はないだろうと早くから考えていた宗太郎は、気の小さい母には知らせるのは無用だと内緒にして、忍び忍び、堂島の米相場に手を染め、身を砕き、心を忙しく巡らせていたのである。


つづく

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