どうかあなたにそれをあげたい
まだ日も明け切らない早朝に一人の女性が王城の門の前に立っていた。
白い髪に銀の目の美しい女性はこの国の王の娘だが、着ているものは使用人のように粗末な物だ。
これから遠い国に嫁ぐというのに見送りの一人もいない。
だけど、彼女は誰かを探すように周りを見渡していた。
やがて馬車が到着し、乗り込むように言われて悔しそうに唇を噛む。
だが、それを指示する侍従の服を着た男の顔を見て、驚いた顔をした。
そして、まるで困った幼子を見るような呆れた顔で微笑み、口を開いた。
「…伝言をお願いできますか」
男は答えず馬車に乗るようにと無言のままそちらを指し示す。
だが、その事を気にしない様子で彼女は言葉を続けた。
「今まで本当にありがとう。あなたの事が大好きよ。私はこれからきっと幸せになれます。…だから、もういいの。お願いだから、自分の為に生きてね。今度はあなたの幸せを得る為に頑張ってね」
溢れんばかりの愛しさと抑えきれない罪悪感を滲ませた声でそう言うと深く頭を下げ馬車に乗り込む。
馬車の扉が閉まる寸前に目があった男に彼女は微笑み、こう言った。
「どうか、あの子をお願いします」
男はそれにも反応を返さず、御者に指示を出した。
遠ざかっていく馬車を無言で見送り、やがて見えなくなると深い深いため息を吐いた。
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まだ早朝で侍女がやってくることの無い部屋でまんじりもせずに待っていた私の前に飛んできたのは美しい赤い羽根をした鳥だ。
連絡用の魔法であるこれは生き物を模して送られる。
自分の物は髪と同じ金色の蝶。そして、これを送ってきたのは自分の金髪と赤い目を入れ替えたような赤い髪に金色の目の青年であるはずだ。
告げられた言葉は簡素な一言だった。
『無事、出発なされましたよ』
その言葉を聞いた途端、体の力が抜けた。
続いて悲しくもないのに涙が出てくる。
「良かったぁ…」
今日、一人城を出て嫁いでいったのは私の最愛のお姉様だ。
幼い頃、私を救い、そして、私が救いたいと思い続けた人だ。
ようやく彼女を虐げるばかりの城から出て行けたことを喜び、一頻り泣いた後、先程の声に滲んでいた呆れを思い出し少し笑う。
彼は自分の唯一の友人で姉が出て行く時の確認を任せられる程に信頼しているが、私のシスコンぶりに前から呆れたような顔を見せる。
確かに少し行きすぎているかもしれない自覚はある。
だけど、しょうがないじゃないか。
幼い頃からずっとお姉様は私の救いだったのだから。
私はこの国の聖女と呼ばれ、父である国王には可愛がられ、甘やかされ、何不自由なく生きているように見える。
だが、実際は娘として愛されたことなど無いだろう。
私の扱いは幼いころから一貫して魔力を注ぐための道具だ。
この国は貴族階級の魔力によって回っている。
災害を防ぎ、天候を一貫に保つ結界。国中に張り巡らされた明かりや水の魔術具などは全て貴族階級の魔力を燃料として動いている。
だから、多少、税金が高かろうが、王家や貴族への求心力が落ちることはない。
だが、問題が一つある。魔力を供給するのはかなりの苦痛を伴うのだ。
そのため、王家は多額の金銭の代わりに貴族の魔力供給を断る権利を与えてきた。
そのしわ寄せはどこにいくか。
…ごく一部の魔力が強い人間を神殿に送り、犠牲にすることでその全てを賄っているのだ。
勿論、そんなことをしていては段々と供給される魔力量は減り、民の不満に繋がるがそのごく一部を更に酷使することで誤魔化そうとしている。
権力と財を求めた結果、長くは持たない愚かな策。
だけど、それに使われ続けているのが私や、友人の彼だ。
幼い頃から行ってきた大半の貴族が多額の金銭を払ってでも拒否する魔力供給。
それは供給する魔力が多いほど、魔力枯渇が酷くなるほどに苦痛が酷くなる。
道具としてしか私を見ない父親も、側室への嫉妬と今日のドレスや宝石しか頭にない母親も、威張り散らし誰かを痛めつけることを当然だと思っている王太子である兄も。
誰も私を助けることなんてせずに、更に追い詰めた。
誰に助けを求めることも出来ずに、庭でひとりぼっちで泣いていた私を慰めてくれたのがお姉様だった。
側室の娘として虐げられ粗末な格好で、食事も満足にもらえていないのかがりがりだった。
だけど、泣いている私の頭を撫でてくれて、乏しい魔力で大変な回復魔法を使ってくれて、優しく笑ってくれるお姉様は誰よりも尊く見えた。
だから、道具としての利用価値が段々と大きくなり自由が増えてからは私がお姉様を守ろうと決意したのだ。
そうして、お姉様はお姉様を愛してくれる人の元へ、平和な国へお嫁にいった。
自分の大事な大事な願いが叶ったのだ。こんなに嬉しいことはない。
お姉様の今後を考え嬉しい気持ちになっていると、ふと、友人の今後が気にかかった。
私の友人であるアルフレッドはとても優秀な魔法使いだ。
魔力供給用の魔方陣を改良し、私に次ぐ程の魔力を供給している国にとって有用な存在。
名ばかりだが聖女として扱われている私は次代の魔力の多い子供を産むために結婚が既に決められている。
子供が継ぐのは親のうち魔力が多い方な事が多いため、彼も似たような結婚が決められているだろう。
自分の相手は私の見た目にしか興味のない、よくいる放蕩貴族だが、まあそれは諦めているし、どうでもいい。
だけど、アルフレッドには出来れば幸せな結婚をしてもらいたいし、変な相手と婚姻されてしまうと少々面倒だ。
私より一つ年上のため、猶予が少ないだろう彼の結婚に手を回した方が良いだろうか。
そんな事を考えていると侍女が私を起こしに来た。
聖女らしくにこりと笑って、それに応える。
今日もまた青白いまるで病人のような肌を化粧で隠して、苦痛を笑顔で誤魔化す一日が始まる。
お姉様が嫁いで数日後、父である国王に呼び出された。
到着すると母や兄、そして婚約者であるらしい男が揃っていた。
父がにこやかな顔でこう言う。
「お前の結婚を早めることにした」
聞けば私や友人が頑張ってもどうしても間に合わない部分での被害がどんどん大きくなってきたらしい。
それを解決するために、手っ取り早く魔力の供給源を増やしたいから早く子供を産んで欲しい。
そして、更に魔力供給を頑張れ。
本当に私の意思なんて無視した扱いだ。
しかも、こんな事をする前に政治的な方針を決めて、支援をするなどのことはどうやらやっていないらしい。
本当に愚かでどうしようもない。
だけど、それを正すにも時間が必要だ。
今は少しでも国の崩壊を食い止めるために動かなければいけない。
いずれ、少しでも余裕が出来たなら、そういう風に動かなければ。
だから、今はしょうがない。
私がこういった事に口出しをすると更に拗れる。だって、この国で女性の政治参加は認められていない。
こっそり動くには、時間稼ぎも大事だろう。
だけど、大人しく頷く前に一つだけ気になることを尋ねた。
「アルフレッド様はどうなさるのですか?」
「ああ、彼にも同じように頑張ってもらわなきゃいけない。だから、近日中にも貴族女性を集め、その中から何人でもいいから選ぶように命じている」
…一応は、彼に選ぶ権利があるらしい。
なら、彼なら大丈夫だろう。賢い人だから。
お姉様は幸せになれる。友人もきっと大丈夫。
なら、私は大丈夫だ、挫けずにいられる。
そう思って、いつもの作り笑いを浮かべ、いやらしい目で私を見る婚約者の手に手を重ねようとした。
ドガンッッ!!
ものすごい音が響き渡った。
振り返りそこにいた人物に目を瞬く。
今話に出たばかりの友人がそこにいた。しかも、沢山の兵を伴って。
「なんだ貴様ら!!!」
父が唾を飛ばして怒鳴る。
それをそれはそれは冷たい目で見て、バサリと胸元から書類を出し、提示する。
「貴族達による連名での承認状だ。愚かなお前らにも分かるように、簡単な言葉で書いてあるぞ。今の王は王に相応しくない。次の王は俺だとな」
「なっ!?」
放り投げるように渡されたそれを脇から覗き、感心した。
実に正確に初代国王が定めた決まりに則った承認状。
貴族の全てが望まぬならばそれはもはや王ではなく、貴族の全てが望むならそれはどんな立場であろうと王である。
そんな綺麗な言葉で掲げられたその決まりは実現するのは途方もなく大変で殆ど無いようなものとされていた。
だけど、アルフレッドは実現した。
それだけで彼の本気が分かる。
ちらりと見ると父も母も兄も婚約者も顔面蒼白になっていた。
それに対しても特に何も思わない。
だって、アルフレッドがこの国のことを憎んでいるのなんてずっとずっと知っていた。
そして、私はそれを知りながらずっと彼を王にしたいと思っていた。
王家の血をひく、優秀な男性。
この腐った国を明け渡すのに十分な人材だった。
だから彼と友人となったのだ。彼を王にする為に。
私はお姉様のようになんの打算も無く人に優しくなんて出来ないのだ。
だから、予定よりもずっとずっと早いけど、大人しくしているのもこれでお終い。
みっともなく騒ぎ始めた人達に何の躊躇いも無く、魔法をふるった。
魔力によって空気が震え、そのままの体勢で彼らが凍りつく。
殺しはしない、それを決めるのはアルフレッドだから。
周りからの化け物を見るような目に薄く笑う。
兄が震える声で何故と呟いた。
そんなの決まってる。
私にとって大事なのはお姉様とお姉様が大事にしてたこの国だ。
その二つを守る為だけに大人しくしていたのだから、もう我慢する必要なんて無いのだ。
にこりと笑ってアルフレッドに向き直る。
「失礼しました。彼らは捕らえましたし、国を治めるのに必要なものは私が把握しています。ですので、どうかお好きに」
そうするとアルフレッドがくつりと笑った。
「本当に格好いいですよね、ドロシー様は。格好つけたのに台無しじゃないですか」
「まさか。アルフレッド様の方がよほど格好良かったですよ」
和やかに笑っていると事態を把握した人達が騒ぎ出した。
「ドロシー、貴様、この裏切り者が! 大人しく道具として扱われていればいいものを!」
「女の癖によくもこんなことを。お前もだ、下賤な神殿の道具の身でこんなことが許される訳が無いだろう!」
「ずっと、大人しくしていたのにどうしてこんな! 早く正気に戻りなさい!」
「そうだよ、君も僕を愛しているだろう。早く僕を解放してその男を捕えて、予定通り結婚をしよう!」
聞いているのも馬鹿らしい程の戯言で気にしようとも思わない。
何の感慨も浮かばず、ちらりとそちらを見た後、アルフレッドとの会話に戻ろうとした瞬間。
私が魔法を使った時以上に空気が震えた。
こんなことが出来るのはこの場には一人しかいない。
見るとアルフレッドは当たれば一瞬で灰になりそうな程の高温の炎を纏って立っていた。
先程の魔法で冷えた部屋が一瞬で熱くなる。
彼のことだからコントロールは出来ているのだろうが、室内で出すような魔法じゃない。
止めようかと少し迷っている間に彼はスタスタと父達の方に歩いて行ってしまった。
部屋は暑いのに、ゾッとする程に冷たい雰囲気になった彼は怯えて声を出すことも出来なくなった父達に言った。
「ふざけるな」
その瞬間、至近距離で更に炎が燃え上がり、彼らが更に震え上がる。
「ドロシー様は道具じゃない。優しくて、綺麗で、思いやりのある人だ。お前らなんかと比べ物にならないくらいに素晴らしい人だ。あの人を見下すな。あの人の犠牲を当然とするな。あの人に汚い目を向けるな!」
既に彼らは息も絶え絶えで、止めなければこのまま焼け死ぬのだろう。
だけど、私は何故か動けず呆然としていた。
私の魔法での氷が完全に溶け切り、彼らが地面に倒れた音でようやく我にかえる。
とっさに彼に呼び掛けた。
「アルフレッド」
彼はすぐに私の声に反応して振り返ってくれる。
だけど、彼に何を言って良いのか分からなくて口ごもっているといつものように笑ってみせてくれる。
「あー、すみませんね。無駄な時間使うのは止めといた方がいいですよね」
そう言って、ようやく魔法を解除してくれた。
息も絶え絶えに横たわっている彼らにこう告げる。
「今は少々頭に血が上ってしまいましたが、殺しはしませんよ。あんたらはあんたらなりに利用価値がある。あんたらが蔑んだ神殿に部屋を用意してある。そこで一生魔力を供給し続けるといい。どんなに辛くても死ぬことなんて許さない。ドロシー様を苦しめた時間の何倍も苦しめばいい」
そう言ってから、兵士に連れていけと命じる。
無様に引きずられていく姿を見て何か思うかなと思ったけど、やっぱり特に何も思わなかった。
「ドロシー様、ちょっとお話良いですかね」
「勿論です。…その、様付け止めません? アルフレッド様は王様になったのですから」
「まあ、それも含めての話ですね。場所は…」
「ああ、でしたら、私の部屋をお使いください」
そう言うと何故か微妙な顔で固まった。
何でだろうと首を傾げながら続ける。
「防音の魔法は常に掛けておりますし、周りからの干渉を一切避けることも可能です」
そう言うとため息を吐きながら同意され、彼が周りに指示を出し終わるのを待ってから私の部屋に向かった。
「割とシンプルな部屋ですね」
「あんまり物増やすと何か紛れ込まされた時に気付きにくいですから」
「いーかげんその敬語止めてくれませんかね。普段通りの感じがいいです」
「だったら、そっちの敬語も止めてよ。王様になったんだから」
「俺は良いんですよ、俺は」
何それと笑っていると空気が和らいで普段の物に近くなった。
「それで、これからの話なんですが」
「あ、その前にお茶入れようか? 毒味はちゃんとするし」
「それは疑ってませんが、自分で入れられるんですか?」
「城の食事は手っ取り早く子供作れとか言われて媚薬でも盛られるかもしれないし、簡単なものくらいは食べられるように魔法具と食料置いてあるの。侍女にバレないように、ベッドの影に隠してあるけどね。ちょっと待ってて」
隠してある魔法具を取りにベッドの方に向かう。しゃがんでそれらを引っ張りだそうとしたとき、不意に手を引かれ体を持ち上げられた。
気付くとベッドの上に横たわっていて、上にはアルフレッドがのしかかっている。
「…えっと?」
今日は急に結婚しろと言われたり、アルフレッドが王位をぶんどったりと予想外のことが多かったが、今が一番状況が掴めず混乱している。
「あなたは頭が良いはずなのに、男を自分の部屋に呼んだ時点でこーいうこと思いつかなかったんですかね?」
その言葉にまた目を瞬かせる。
「あー、うん、そだね。あの婚約者だったら絶対呼ばないけど、アルフレッドだったから、そういう事考えてなかった」
そう言うと深いため息を吐かれる。
どこか落ち着かない気分のまま聞きたかったことを聞いた。
「…えっと、取り敢えず、今後の為に私が側室か正妃の候補に入ったってことで大丈夫?」
いかに無能な王家だったとはいえ、全てを取り替えるよりも、一応は王家の血筋を残すことも重要だ。
アルフレッドも王家傍系の血を継いでいるが、やはり直系である私の方が血は濃い。
政略的に中々に適しているだろう。
そう言うと何故か呆れたような顔でこう言われた。
「違いますよ」
「あ、そうなの? えと、ごめ」
「今後の為とかじゃなく、俺が貴女がほしくて王位ぶんとりましたし、側室とか取る予定もありません。貴女以外の女性、好きになれる気しないんで」
その言葉に思わず固まった。
ようやく再起動して、恐る恐る問いかける。
「…ねえ、私が国の為に貴方を王にしたくて近づいたって気付いてるよね?」
「そりゃまあ、薄々は。貴女、この国大事で無駄に頑張ってましたしね。おかげで、今日も顔色最悪じゃないですか」
そう言いながら頬を撫でられて落ち着かない気分が酷くなる。
「…そういうのって、ムカついたりするんじゃないの?」
「特には。あの腐った王家や身の程知らずな貴女の婚約者は大変にムカついてますが、貴女にムカついたりしませんよ。というか、それならなんで俺が貴女と親しくして、貴女の秘密守ってたと思ってるですか?」
「…多少はムカついても、立場改善とかの為なら目をつぶるとか、そんな感じかなと。それに、アルフレッド理由無く虐げられてる人とか嫌いでしょ。だから、お姉様のこと助けるの協力してくれてるんだと思ってた」
「やっぱり、貴女、妙にマイナス思考拗らせてますね。あと、自己評価低すぎ」
「…アルフレッドはちょっと過大評価し過ぎじゃないかな。さっきのあれビックリしたよ」
「正しい評価ですよ。貴女の行いは正しく聖女だったんで、周りからも貴女を正妃にすることは全会一致で決定でしたからね。王家の中で貴女だけは人望あったんですよ」
その言葉にやっぱり居心地が悪い気分になる。
ちょっとだけ目を逸らすけど、アルフレッドは何もなかったかのように話し出す。
「話す予定だったこれからのことなんですけど、貴女には調整に少し付き合ってもらえれば他は特に何もしなくて大丈夫です。どうか、ゆっくりしててください」
「…えっと、それだと魔力供給とか」
「そこそこの魔力持ちのどう扱ってもいい奴らがいるんで貴女が頑張る必要はありません。供給の魔法陣改良したんで、供給の苦痛も少なくなりましたんで他の貴族もちゃんとやってくれるようになるでしょ」
「えっと、これからかなり忙しいんだし、把握してることなら頑張って働くよ」
「他の人達が聖女と働くの緊張すると思いますよ。必要なことだけ教えてくれたら適切な人材に仕事割り振るんで平気です。貴女、今までかなり酷使されてたんで、休むのも大事だと思いますよ」
「でも、それならアルフレッドだって」
「俺は貴女が側にいるなら全然平気ですよ。元々丈夫ですし、最近は供給より改良に力注いでましたし」
その言葉にやはり落ち着かない気分になる。やっぱりおかしい、これじゃアルフレッドばかりに重荷がいってしまう。
焦った思いを隠せもせず、アルフレッドを見つめると、薄く笑って口を開いた。
「そんなに気になるなら一つだけ。俺のこと見てください」
「へ?」
「貴女のお姉様じゃなくて、俺のこと見てください」
咄嗟に意味が飲み込めない私にアルフレッドは真剣な目で続ける。
「貴女が向けるひたむきな愛情に、憧れてたんです。あんな風に誰かを愛せる人がいるなんて信じられなかった。俺は、ずっと前から貴女のことが好きだったんですよ」
その言葉にどうしてか胸が苦しくなる。どうして良いのか分からない。
「言っときますけど、貴女がこういうこと分からないの知ってるんで無理強いはしません」
「分からないって、その何するとかは…」
「そういうんじゃなく、異性に対する好きとか分からないでしょ。貴女、昔からお姉様大好きでそれ以外見えてなかったみたいですし、外からの感情に鈍くなることで自分守ってたみたいだし。だけど…」
おろしていた髪の一房をすくわれ、そこにそっと口付けられる。
「一応、ちょっとは危機意識持ってくれないと我慢できなくなるんでお願いしますね」
再び固まった私を見て笑った彼は体を起こして、さっさと立ち上がる。
「じゃあ、割と忙しいみたいなんで、行ってきますね。貴女はここで休んでください。顔色悪いんで」
「…あ、うん」
呆然としながら頷く。
未だにベッドから起き上がることも出来ないほど固まっている私に、部屋を出る直前の彼は振り返って告げた。
「貴女のお姉様からも言われてましたよ。私の事はもう良いから、これからは自分の為に生きてと。…貴女は望んでいいんです、自分の幸せを」
そう言って彼はドアを閉め、そのまま行ってしまった。
一人になった部屋で思わず顔を覆う。
どうしよう、頭が追いつかない。
今まではお姉様が一番大事だった。お姉様が願ったから国の為に奮闘した。
だけど、本当はそこから先は全然考えていなかったのだ。
アルフレッドの気持ちは、正直どうしていいのか分からない。
だって、そんな風に思える誰かと結婚出来るとか考えたこともなかったし、血の繋がった家族はお姉様以外、私を見下したり、道具扱いするばかりだったから。
本当に本当に分からない。
今までだって口説かれたことも、そういう目で見られたことも沢山あったのに、どうしてこんなにも動揺しているのだろう。
そんなことを考えて、ふと、気付いた。
ああ、そうだ、アルフレッドは私の本当を知っている人だ。
聖女としてかぶり続けた仮面じゃなくて、素の私を知ってる人だ。
どうせ、目的には気付かれてるし、私がお姉様を守りたいことも気付かれたこともあって、段々とはがれ落ちていった仮面。
自分が好かれるはずがないと言う思い込みもあったのに、アルフレッドが嫌がらなかったから段々と素で接するようになっていた。
多分、嫌われてるかもしれないと思うことで、どう思われてるか探ることを拒んでいた。
だけど、その素を知ってる彼が、私が悪く言われることに真剣に怒り、私を好きだと言ってくれてる。
そのことがどうしようもなく嬉しい。
ああ、そうだ、特別だ。お姉様だけが全てと思っていたから気付かなかったけど、アルフレッドはずっと私の特別だった。
だけど、この特別がお姉様に対するものとどう違うのか分からない。
彼が求めているのは違うもの、そんなことは私にだって分かる。
無理強いはしないと言ってくれたけど、彼が私にしてほしいと言ったことは一つだけなのだ。
どうしたら良いのと呟こうとした時、さっき伝えられたお姉様からの伝言を思い出した。
これからは自分の為に。
私の幸せを願ってもいいと、そう言われた。
自分の幸せなんて、そんなの考えたこともなかったけど、私は大切な人が幸せだと嬉しい。
そして、こんなにも頭がこんがらがりそうなのに不思議と嫌ではない。
それならば、やることは決まっている。
私は彼を好きになりたい。
彼が私に求めてくれた感情をどうかあげれるようになりたい。
そんな事を呟いて、どうしようもなく恥ずかしくなり私は頭から布団を被り目を閉じた。