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episode7 ④

「ねえ、今日行くの?」



部活終了後、愛華が俺と壱に尋ねてきた。




「うん、まあ」



「じゃあ、俺も行こっかな」



壱のその言い方はまるで暇だから着いて行こうという感じに聞こえる。



「あんた、大丈夫なの?」



「ん?ああ、大丈夫。今日は夜からだから」



「ふーん」



というか中学の頃からずっと思っていたけど、よく壱の家は文芸部に入る事を許可を出してくれたと思う。



壱の家はことちゃん先輩や部長みたいなお金持ちだけど、格が違っていて、いわゆる古くから代々ある古典的な家柄である。



俺は一度も壱の家に行った事がなく、というのも家に誰かを連れて来るのを禁止されているからである。



壱は基本的に忙しい毎日送っていて家でやる事が多いらしく、何をしているか聞いたら、「地味で古典的でしんどい」とよく嘆いているが、「まあ、しょうがないんだよなー」とも言っている。



嫌なのか嫌じゃないのかよく分からない。



俺は壱の家がどういうものか知らないから、あまり変に聞いたりしないけど、ものすごく厳しいというのは理解している。



だから、よくまあ許可されたなーって本当に不思議だ。



そもそもだ、壱は中学はもっと別の頭の良い学校に入る予定だったらしい。



まあ、一応うちも私立なのだが。




「本当、よく許可してくれたものだよな〜」



「だよね〜」



壱は壱でいつもこんな感じであっけらかんとしてる。






◌ 。˚◌◌ 。˚◌◌ 。˚◌◌ 。˚◌◌ 。˚◌◌ 。˚◌




「しかし、相変わらず部長は部長でうるさかったな」



「うん、まあ、そうだね」



部長はいなかったら平和に感じるけど、いたらうるさく感じる。




悪循環のある人だ。



本人はいっさい悪気はないんだろうな。





「ところで、またあいつやってるよ、猫と」




壱の言葉に顔を向けると、いつもにように愛華が野良猫と威嚇していた。



「はあ、またかよ」



「意味がわからん」



猫体質で衝動的なもので、体に染み付いているのだろう。



猫が嫌い嫌いと公言している癖に、身に付ける物や着ている物は基本的に猫柄なのはなぜかと聞きたい。




濃い満月の時は猫耳が生える事があるからって、その予防としていつも被ってる帽子も猫耳帽子だし。



嫌いなのか好きなのかはっきりしてほしいものだ。






いつものメンバーでMILKカフェに入る。




そこには既に遠乃さんが来ていて、帰ろうとしていた所だった。



「やっほー音唖ちゃん! 今日は早いね、もう終わったの?」



先に口を出したのは愛華だった。



「えっあ、はい」




「ふーん、あ、今日はご飯食べていく?」





「い、いいです」




そう言って、いつものように冷たくあしらい、そそくさと帰ろうとする。



(あっ)



帰ってしまう遠乃さんに俺はばッと手を掴み静止させた。



「!?」



「ちょっと待って! 遠乃さん」



「奏兎?」



「………」




俺の行動に困惑しつつも、俺の言葉を待っていた。




「あら、みんないらっしゃい」



と、詩音さんが遅れて挨拶して遮るように入り込んだ。




「あ……詩音さん」



「ん? 何かお話しするのなら空いてる席にどうぞ。今、空いてるから大丈夫よ。立ってられると邪魔だし」



「あ、そうだよね、遠乃さん」




「あ、はい」



とりあえず、俺が遠乃さんに用事がある事は理解してくれたようだ。




空いているテーブルに座って俺は鞄の中から布敷に包んだタッパのお弁当を出して、遠乃さんに差し出した。




「………」



「何それ?」



出したタッパに愛華が先に聞いてきた。



「これ、部室の冷蔵庫から出してたよね?奏兎のだったんだ。これ、何が入ってるの?」



「これは…遠乃さんに」



「音唖ちゃんに? なんで?」



「えっと、よかったらどうぞ」



そう言って、タッパを遠乃さんへと渡した。



「えっ」



遠乃さんはゆっくりな動作でタッパを開けて中身をみるなり、不思議そうな表情で俺を見てきた。



「これ‥」



「これ、お弁当?」



「本当だ、おかず入ってる」



愛華と壱はタッパを覗かせてきていた。



「あのさ、食べようとするのやめてくれない?」



「えっなんで?」



「食べようとしてないよ、全然」



「手、出てるけど…」



否定してる割には、今にもタッパのおかずに手を出している2人がいるのは何なのかと言いたいが。



「これ、遠乃さんのだから」



「あや、おいしそうやね」



「すみれさんまでもか……」



「へっ」



側に近寄ってきたすみれさんまでもタッパのおかずに目を向けていた。



「いや、なんでもないです」



「?」



「えっと、これ受け取ってもらえる?」



「えっ?」



「俺が作ったやつだから、おいしいから。ねっ」



遠乃さんからすれば、なんで渡してくるのだろうかと思っているのだろうか。



確かにそうなのだけど………。



「奏兎くん、そういう事しない方が…。そういう勝手な事は」




すみれさんはまた呆れた顔で注意してきていたけど、とりあえず今は無視した。



「えっと、遠乃さんに食べてほしくて。1人暮らしだし、あまり自炊とかしてないって言ってたし。だからその」



「………」



「だから、奏兎くん…。いくら好意で渡しても受け取らんで。詩音も何度もそういう事しても受け取った事ないんやし」



確かに俺の好意で受け取ってくれと言っても、今の遠乃さんには難しいのかもしれないけど。



「だめ、だよね」



やっぱり過ぎた好意に過ぎるのかもしれない。



「……あの」



「………」



(だめか……)




「だめかな?」




どんなに小さなことでも遠乃さんには何にも頷いてくれないんだろう。




やっぱりすみれさんが言う通り、何にもできないんだろうか。




俺はこの子に何が起きてこうなっているのか分からないけど、それでも助けたいと思う気持ちは嘘じゃないんだけど。



(はあ、もうあきらめよう。これ以上は迷惑だよな)



そう思って、タッパを引き下げようと手を伸ばそうとしたら。



「これ、桐稿先輩が…」




「! あ、うん。俺、料理得意で、毎日作ってるから」



「……なんでなんですか? 音唖なんかに優しくしても何も良い事なんかないのに」



「………」



一瞬受け取ってくれるんじゃないかって思ったけど、遠乃さんはそんな気なんて一切ないんだ。





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