episode5 ④
「あら、いらっしゃい。音唖ちゃん」
ミルクティーの入ったカップに口を付けた時、お店の扉から遠乃さんが入ってきたのか、詩音さんが挨拶をしている。
持っていたカップをテーブルに置いて、そのまま立ち上がる。
「遠乃さん」
「桐峻先輩…」
(あれ、名前教えたっけ?)
ああ、そうか、愛華かすみれさんか。
そんな事を思っていると遠乃さんはそのまま俺の座っているテーブルを素通りしてすみれさんのいるスペースへと行く。
「…遠…乃さん……」
俺はなんとなく虚しさと残念な感情に陥っていた。
もう少し反応してほしかったのかもしれない。
それだけの虚無感と言うのだろうか。
「はあ…」
落ち込んだままそのままもう一度腰を掛ける。
「奏兎くん」
「詩音さん?」
腰を掛けると否やカップに手を伸ばそうとすると、詩音さんがそっと俺に声を掛ける。
「大丈夫よ、奏兎くん。すみれちゃんは分かってるから」
「えっ」
「どういう事?」と詩音さんに聞こうとしたら、お客さんに呼ばれたのでそちらに向かっていった。
もしかして、すみれさんが遠乃さんに何か言ってくれるのだろうか。
「………」
やはり難しいのだろうか。
遠乃さんを知ろうとするのは良くないことだろうか。
狙われやすいだけって理由で避けているだけじゃない気がするは気のせいだろうか。
俺には何かがあるから避けている気がしてならない。
「はあ…」
そして、手を伸ばし掛けていたカップに手を付け一口ミルクティーを喉に流し込んだ。
「………うー」
そしてとうとう顔をテーブルに付け項垂れる形で小声で唸りはじめた。
「何やってんの? 奏兎くん」
唸っているといつの間にか来たすみれさんが怪訝な声で掛けられる。
「別に何もないですよー」
「そう…? まあ、ええけど。ほら音唖ちゃん」
「!」
遠乃さんの名前にぴくっと反応し、むくりと大勢を正す。
「あ、あの」
横を振り向くと、いつもの戸惑いながら俺を見る遠乃さんがいた。
「じゃあね〜。一応届けたで〜」
そう言って、すみれさんは仕事スペースへと帰っていった。
「!…はい?」
(えっとどういう事?)
まさか詩音さんが言っていたのはこういう事だったのか!?
いや、でも結構な投げやり感が半端ないのだけど。
「………」
遠乃さんを見るとなんとも言えない戸惑いの表情をしていた。
(すっごい嫌そう)
「えっと…座る?」
「あ、はい…」
(なんだこれ…)
ものすごくいたたまれない空気感が漂うのだけど。
「えっと、何か頼む?」
「いえ…」
遠乃さんは俺の尋ねに全てにおいて即答で拒否られる。
「じゃあ、遠乃さん」
「!」
何を思ったのか、俺は遠乃さんにある物を与えに手を伸ばした。
「えっえっ?」
「これ、すっごいおいしいから食べてみて」
「あ、あの…」
プリンをあげたらいいんじゃないかと、一口スプーンですくって差し出した。
「………」
遠乃さんは怪訝な表情でスプーンを凝視する。
「やっぱり嫌?」
「…わかりました」
なぜだろう、そんなつもりはないのに脅しているような感覚がある。
「あ…!」
無理やり感が傷めなかったけど、一応口に入れてくれた。
口に入れてくれたその時だった。
俺が見てみたいと思っていたものが見えたのだった。
「!?」
「おいしい」
ほんの僅かに遠乃さんの表情が少しだけ閉じていた蕾が花開いたかのように柔らかく緩んだのだった。
(かわいい…)
遠乃さんは見た目本当にかわいくて、お人形さんのようだけど、笑うと更にかわいい。
俺が思っていた以上にかわいかった。
でも、すぐ柔らかくなった表情は元の無表情になってしまう。
せっかくかわいかったのになっと心底残念だと思ってしまった。
「あの…」
「ん?」
「このスプーンって」
(……あっ)
遠乃さんの戸惑った言い方にハッとなる。
「えっと…」
自然的に差し上げたけど、これ間接キスだ。
(どうしよう、まずい事しちゃった)
「………」
だから最初戸惑っていたんだ。
気付いたらものすごい後悔と恥ずかしさが現れた。
「ご、ごめん。本当に」
「い、いえ…」