意外な人物
若い娘の一人暮らしだ。用心は充分にしなくてはいけない。
リルハは一人暮らしを始めるにあたって、この世の終わりでも来るのではないかという勢いでそれはそれは心配した兄から、用心してし過ぎることはないからと、護身術から気配を探る方法まで、さんざん叩き込まれていた。
果たして実践出来るかは疑問だが、練習もしたし知識はある。
ひとまず相手に気付かれないように、大回りをして家の裏手に回った。
音を立てないように気を付けながら、家の前に立つ人影の様子を探る。
どうやら人影は若い男の人であるらしい。
ますます怖い。ドキドキする。
リルハは落ち着かない心臓を叱咤して、更に情報を得ようと集中する。
すると若い男が独り言を呟いた。
「おっかしいなー。思ったより帰りが遅いぞ。明るい内ならびっくりさせないで済むかと思ったんだけどな。そろそろ暗くなってきたし、探しに行った方が良いかな?ちゃんと会って話してから報告しないと、ロランも心配するだろうしなぁ。」
相手の口から出たロランという名前にリルハは驚いて固まった。
ロランはリルハの兄だ。あの過保護すぎる兄。
どうやら家の前の男は兄が寄越した人物であるらしい。
リルハは一つため息をつくと、相手の顔を確認しようと隠れていた物陰から顔を出した。
すると気配を感じたのか男が振り返った。
「「あー!!!」」
「よぉリルハ!無事に帰ってきてくれて良かった!いまちょうど探しに行こうかと思ってたところだ。」
「ちょ!!待って!!なんで!?どうしてライヤがここにいるの!?世界中を旅してるんじゃなかったの!!??」
「うん、落ち着いて、リルハ。そうだよ。俺は世界中を旅しながら絵を描いてた。正解。それで合ってる。
だけど、少し前からマリンタウンで絵を教えたり郵便配達の仕事をして暮らしてるんだ。
旅の資金を貯める為にしばらく定住して仕事をすることもあるんだよ。
ちょうど俺がマリンタウンの近くにいたタイミングでロランから連絡がきて、リルハがマリンタウンの近くの牧場で一人暮らしを始めるっていうから、俺もせっかくだしマリンタウンにしばらく住もうかなって思って、リルハより三ヶ月程早くからマリンタウンに家を借りて住んでたんだ。」
「昨日到着したばかりだって聞いてるから、顔見せと引っ越しの手伝いをしようと思って家の前で待ってたんだよ。」
物凄く普通のことを話すように、ライヤはどんどん話を進めていく。
まるで良いことでもあったみたいな嬉しそうな様子でどんどんしゃべるライヤを、物語の登場人物でも眺めているかのようにぼんやりと見つめるリルハ。
あんなにドキドキしながら引っ越してきたのに。
若い女一人で牧場なんて無理難題だと分かっているけれど、それでも諦められずに夢を叶える為にここまでやってきた。
今日も挨拶回りをして、街の人達と少しずつでも信頼関係が築けるように頑張ろうと、気合いを入れて一日頑張ってきたのに。
まさか三ヶ月も前から、自分をよく知る兄同然のライヤがマリンタウンで暮らしていたなんて。
拍子抜けするやら悔しいやら何やらで、リルハにしては珍しくライヤをきっと睨む。
「たとえライヤがロランお兄さまの指示を受けてここに来てたとしても、それとこれとは別件だからね!私は自分の力で出来るところまで頑張ってみたいの。
いきなりライヤやロランお兄さまを頼りにするのは嫌なのよ。」
リルハの珍しく強い眼差しを受けて、ライヤの胸は不覚にもドキンっと跳ね上がった。
可愛い妹みたいに思っていたリルハが、一瞬自分の知らない大人の女性に感じられたからである。
しかし目を凝らせてみればやはり何時ものリルハだ。
ライヤはまずは積もる話からと、リルハをどうどうと落ち着かせるのだった。