きれいな人
そこに立っていたのは、華奢で儚げな雰囲気の、ナターシャさんとはまた違うタイプのきれいなお姉さんだった。
指通りの良さそうな水色の髪はゆるいウェーブがかかっていて、片側にまとめて流してあり、澄んだ青の瞳と、繊細なレースの襟が印象的な薄紫のワンピースがとても似合っていて、まるで妖精みたいだ。
なんだか今日は綺麗な人にばっかり会うなぁとリルハが今日出会った人達に思いを馳せていると、ギルバートさんが妖精のお姉さんに声をかけた。
「マリー、どうしました?この時間に来るなんて珍しいですね。早めのランチですか?」
「こんにちはギルバート。違うのよ。ランチではなくて、前にナターシャさんから注文をいただいたドレスのデザイン案が出来たから、確認していただこうと思ったの。
でも…お忙しいようならまた今度にした方が良いかしら?」
マリーさんと呼ばれたお姉さんは、アルベルトさんと楽しそうにじゃれているナターシャさんを見つめて首を傾げる。
その仕草だけで、「何とか助けてあげたい!」という気持ちを沸き上がらせる不思議な人だ。
マリーさん本人はどこか飄々としているようにすら見えるのに、放っておいたらどこかに消えてしまいそうな、目が離せない雰囲気がある。
「二人のじゃれあいなんて何時ものことですし、お時間が大丈夫なら終わるまで少し休んでいたらどうですか?」
やはり放っておけないのか、ギルバートさんがマリーさんに席を勧め、レジーナさんに紅茶をオーダーする。
そして流れるようにマリーさんの前に腰かけて、なぜか困ったように微笑んだ。
どうしてそんな目をするのだろうと気になってリルハは小さく首を傾げた。自分を置いて空間がどんどん進んでいくような気がして、ついついぼんやりしてしまいそうになる。
そんなリルハに気付いたのか、紅茶を運んできたレジーナさんがマリーさんにリルハを紹介してくれた。
「マリー、こちら新しく牧場主になるリルハちゃんよ。マリーの店にも世話になるだろうし、目一杯可愛くしてあげてよ!
リルハちゃん、この子はマリー。お母さんのマチルダさんと一緒に仕立て屋をやってるの。
マリーの作る服は着心地も良いしデザインも可愛いから、きっとリルハちゃんも気に入ると思うわ。」
レジーナさんに感謝しながら、マリーさんに頭を下げる。
マリーさんは少し微笑んでくれて、「よろしくね」と言ってくれた。
ようやくアルベルトさんと話終えたらしいナターシャさんがマリーさんに気付いて、お姉さん二人によるドレスのデザインチェックが始まった。
マリーさんが描いてきた何枚ものデザイン画を見ながら、ナターシャさんがコメントをしていく。
どのドレスも大人っぽくて情熱的でセクシーで、ナターシャさんにすごく似合いそうだ。
想像しただけでうっとりしてしまう。
季節と曲のイメージに合わせて今回作る一着を決めたところで、マリーさんは帰っていった。
マリーさんが去った後にはそよそよと涼しい空気が漂っているように感じて、本当に妖精みたいな人だなぁと感心していると、困った笑顔のまま固まっていたギルバートさんがようやく動き出した。
さっきまでの紳士的なスマートな動きと違って、錆び付いたブリキの人形のようにぎこちない動きでピアノの前に戻っていく。
どうしたのかと思わず心配になったけれど、ギルバートさんは何でもないと言い張るばかりなので、ゴードンさん達みなさんに挨拶をして、お店を出ることにした。
ソフィアのご家族が営む雑貨屋さんや、ソフィアが先生をしている学校、診療所や船着き場など、様々な施設や店舗を回って挨拶をしたリルハは、暗くなる前に家に帰ろうと街を出た。
沢山の人と出会えた充実感で笑みを浮かべながら軽快な足取りで家を目指す。
牧場の敷地に入ると、リルハの家である小屋の前に、人影があるのが見えた。