酒場マリンバ
マリンタウンの酒場「マリンバ」は窓が多くて明るく広々した店内で、昼間もランチ営業していることもあり、老若男女が気軽に立ち寄れる雰囲気だ。
リルハは故郷の町で酒場に行ったことはほとんどなかったので、マリンバに入る時は少しだけ緊張したが、この店のような雰囲気ならば自分1人でもご飯を食べに来やすそうだなとほっとした。
店主のゴードンさんは大柄で豪快な雰囲気で、奥さんのレジーナさんはツヤツヤとした巻き毛にふっくらした唇のセクシーな大人の女性だったので、またしてもリルハは見とれてぼんやりしてしまったが、二人共優しく声をかけてくれ、ステージでリハーサルをしていた音楽家の二人を紹介してくれた。
「こっちの歌い手の方がナターシャ。歌も上手いしダンスも踊れる。ナターシャの歌を聴きに来てくれる客も多いんだ。それでそっちのピアノの前にいるのがギルバート。ピアノもギターも弾ける。自分で作曲しててなかなか有名らしいから、ギルバートの曲目当てに遠くの町からわざわざ聴きに来る人もいる。年は二人ともリルハより少し上くらいか?まぁまた夜にでも聴きにきてやってくれ。」
「こんにちはリルハちゃん。私もこの街の出身じゃないから、他の町から若い女の子が来るって聞いて親近感を感じてたの。ここは気候も住んでる人も素敵な良い街よ。これからもよろしくね。」
艶のある赤毛を夜会巻きに結ったナターシャさんは、しっとりした雰囲気の大人の女性という感じだ。きゅっとつり目気味にひかれたアイラインが金色の瞳を更に魅力的にしていて、なんだか毛並みの良い猫みたいで、とても綺麗だとリルハは思った。
「ナターシャに先を越されてしまいましたね。リルハさん初めまして。僕はギルバートです。作曲と演奏を仕事にしています。僕もこの街に越してきたのは最近ですが、小さい頃この街に住んでいたのでみんな知り合いなんです。明るくて人懐こい人が多いから、きっとリルハさんもすぐに馴染めると思いますよ。」
ピアノの前から歩いてきたギルバートさんは、正に紳士といった感じで丁寧な礼をしてくれる。
黒々とした髪からのぞく紫の瞳が何だかミステリアスで、ギルバートさんも黒猫みたいだ。
二人共音楽の世界で生きているからか身のこなしもしなやかで、それが余計に猫を連想させる。
リルハも周りの人から仔猫のようだとよく言われるが、二人とは全然違う。
自分はみゃうみゃう鳴きながら毛玉を追いかけるイメージらしいが、二人はすらりとした大人の猫だろう。
自分もいつかあんな風になれるだろうかと、思わず自分の身体をしげしげと眺めてしまった。
ほんのりと将来への不安を感じていたら、バーンっと音がして、酒場の扉が勢いよく開いた。
驚いて見ると、ゴードンさん程ではないにしろ背が高くて筋肉質な男の人が、なんだか必死な顔で立っている。
「………?」
首を傾げて見ていると、ナターシャさんが男の人に声をかけた。
「アルベルト、今日はどうしたの?ランチにはまだ少し早いんじゃない?」
「ナターシャ!!今日も最高に綺麗だな!!今日はナターシャとゆっくり話せるように休憩時間をずらしてもらったんだ!」
「へぇ。そうなの。親方さんは息子に甘いわねぇ。話すのは構わないけど、今は他にお客さんがいるのよ。アルベルトもちゃんと挨拶して。
こちら、牧場に引っ越してきたリルハちゃんよ。リルハちゃん、彼はアルベルト。鍛冶屋の息子で酒場の常連よ。こんなんだけど、鍛治の腕は確かだから何かあったら遠慮なく頼むといいわ。」
「こんなんって何だよナターシャ!俺は鍛治の腕は一人前の免許皆伝だぞ!
よろしくなリルハ!腕っぷしには自信があるから、困ったことがあったらいつでも声かけてくれ!」
よく日に焼けたアルベルトさんは笑うと白い歯がキラッと光る。
焦げ茶色の短髪とオレンジの瞳も太陽をイメージさせる。
頼りになるお兄さんという感じだ。
私の挨拶もそっちのけで、ナターシャさんとアルベルトさんのテンポの良いやりとりが続いていく。
呆気に取られる私に、やれやれと首を振ってギルバートさんが言った。
「ナターシャとアルはいつもこんな感じなんです。アルはナターシャに首ったけで毎日通いつめてるんだけど、なかなか甘いムードにはならなくてね。ナターシャも満更でもなさそうですが。
まぁ二人のことは放っておいて、一息ついていきませんか?」
ゴードンさんとレジーナさんも頷いて、とっても美味しそうなフレッシュジュースを出してくれた。
ナターシャさんとアルベルトさんはまだじゃれていて、二人は本当に仲が良いんだなぁと思う。
甘いジュースにニマニマしていると、酒場の扉がもう一度開いた。