いざマリンタウンへ
リルハの住む牧場の小屋からからマリンタウンへは歩いて10分程。街から続く整備された街道から少し外れて、小川を渡った場所にリルハの牧場はあるので、暗くなる前に家に戻るように気を付けようと心に決めつつ小道を進んでいく。
小道の脇には花が咲き、木の実が落ちていたりキノコも生えているので、採集しつつ清んだ空気に癒されて、とても気持ちが良い。
リルハは川が好きだ。チョロチョロと流れる小川を覗き込むのも好きだし、大きな川を岩に座って眺めるのも大好きだ。
おっとりのんびりしていると言われがちなリルハは、川の流れに意識を任せて、日々の喧騒から遠ざかってぼんやりするのが性に合っているのだ。
小川を渡って街道に入り、マリンタウンへと到着した。
一歩街に入ると、途端に青空と白い壁、海から吹く風の匂いに包まれて、ずいぶん遠くへ来たような感じがした。
街並みはやはり昨日馬車の荷台でリルハの頭に浮かんだものと同じで、夢の中で見た動く絵のものともそっくりだった。もっとも、動く絵の方は写実的ではなかったから、実際に見るとこんな感じなんだなと確認するような、少し不思議な気持ちだった。
これからここで出会う人々と、自分はどんな毎日を過ごしていくのだろうか。自分はこれからずっと牧場に住み続けたいと思ってここにやって来たけれど、この街は自分を受け入れてくれるだろうか。
リルハは胸いっぱいに潮風を吸い込んで、街の人々への挨拶回りを頑張るべく気合いを入れた。
すれ違う人に笑顔で挨拶をする。みんな笑顔で返してくれて、「そこの牧場へ新しく引っ越してきたっていう子だろう?」と声をかけてくれる人もいた。外から若い子が単身やって来るのは珍しいようで、牧場の管理もしてくれていた御者のおじさんがリルハの入居前に小屋を軽く整備をしてくれていたのが街でも知られていたようだ。
御者のおじさんがリルハのことをどんな風に説明してくれていたのか気になったが、みんな「金髪に水色の瞳の、可愛らしい女の子だって聞いていたからすぐに分かった」と口々に教えてくれた。
この街に金髪と水色の瞳の子はいないようで、分かりやすかったようだ。
まだ街の入り口なのに、話してくれた人達はみんな感じの良い人ばかりで、幾分緊張が和らいだリルハは、まずは町長さんのお宅へ挨拶に向かうことにした。
マリンタウンの町長の屋敷は、リルハの実家よりもずっと大きかった。やはり大きな街ともなると町長のお屋敷も規模が違うのだなぁと、しみじみと思う。リルハの実家も小さな町の町長の家ではあるし、少人数ながら家で働いてくれているメイドさんや御者のおじさんのような人達も居たけれど、みんな住み込みではなく手伝いに来てくれているような雰囲気だったし、家自体もそれほど部屋数もなかったので、ちょっと大きな一軒家のような感覚で、お屋敷といった風ではなかったのだ。
豪邸の雰囲気に気圧されつつ、勇気を出してドアベルを鳴らすと、中から出てきたのは意外にもメイドさんでも執事さんでもなく、きれいにアイロンのかかった白いシャツにシンプルなグレーのストライプのズボンをまとった、銀髪に濃いブルーの涼しげな瞳の若い男の人だった。
「この人は…!!」
想定外の人物にいきなり会ってしまったリルハは、驚きのあまり少しの間固まってしまった。
出てきたその人は、リルハのゲームの記憶の中でも一番最初に憧れた、物凄く好みの外見だといつかの自分が思っていた、町長の息子のグレンだったのだ。