始まりの旅
ガタンっと幌馬車が揺れる。荷台に座っていたリルハは、驚いて思わず頭を抱えて身体を竦めた。何とか頭をぶつけずに済んでほっとしながら手を頭から外そうとしたその瞬間、頭の中に見たことのないはずの風景が広がるのを感じた。
「これは…街?故郷の町よりもずっと大きな…。港があって、お店も沢山あって、学校もある。のんびりした、だけど明るくて華やかな街並みと雰囲気。私…この街を知ってる。行ったことなんてない。ううん、むしろ、ここはこれから行くマリンタウン…?」
これから自分が住む予定の牧場の、一番近くにある大きな街、マリンタウン。話に聞いていたマリンタウンは海に面した白壁の家々が印象的な街並み。そのイメージと、先ほど脳裏に浮かんだ風景は一致しているように思えた。
「どうして私、マリンタウンの街並みを知ってると感じてるんだろう…。まだ到着してないし、話に聞いただけなのに、はっきり確信してる。私はマリンタウンを見たことがある。お店の場所も、たぶん、街の人達のことも。知識として、知っている…。」
初めて感じるその確信に、リルハは戸惑った。しかし同時にどこか安心感を感じている自分にも気付く。マリンタウンの街並みも、恐らくそこに住んでいる人々も、皆優しく心地好いものであることが感覚として分かるからだ。
きっと、大丈夫。そう思えるだけで、とても心強かった。
小さな町の町長の娘であるリルハは、いわゆる田舎のお嬢様で、のどかな土地でのびのびと不自由なく育った。父も母も優しかったし、4つ上の兄はおっとりしたリルハを両親以上に心配して、いつも見守ってくれていた。リルハよりも2つ下の妹は、リルハよりずっとテキパキしたしっかり者で、末っ子らしい愛嬌も備えた魅力的な女の子だった。
リルハは恵まれていて、守られていた。今までもずっとそう感じていたし、感謝もしていたけれど、これからは自分1人で立っていかなくてはいけない。元来前向きで楽観的なリルハであっても、やはり新しい生活は不安もあった。そんな時に得られた不思議で温かな確信。頑張ってみようと、改めて強く思った。
どの位時間が経っていたのか、馬車の揺れに身を任せてぼんやりうとうとしていると、馬車の外から声がかかった。幌馬車を運転してくれていた御者さんが到着を知らせてくれたのだ。
「リルハお嬢さん、ここが先代が趣味で使われていた農場と牧場です。先代亡き後は最低限の管理しかされていませんでしたので、今は住み良い場所とは言えないかもしれませんが、こつこつ手を入れればきっと良い牧場と畑になるでしょう。お嬢さんの夢が叶いますよう陰ながら応援しています。どうか健やかに過ごされますように」
お祖父様の知り合いでこの土地の管理をしてくれていた御者さんは、励ましの言葉を残して帰って行った。数日暮らせる準備は家の中にしてくれているらしい。
「さーて、身体もカチコチだし、まずは荷物を置いて着替えてさっぱりしよう!」
リルハは伸びをしながら、これからの自分の家となる小さな小屋に入って行った。