不安と迫る危機
エミールの助言に従い、俺はゴブリン達を進化させる事にした。
進化させると言っても、俺は黒い霧を腕から出すだけなんだけどね。
という訳で、今洞窟は黒い霧で一杯になっている。そんな中でエミールと先ほど進化したゴブリンの巫女だけが平然とした感じでたたずんでいる。
他のゴブリン達は、周りでうずくまり呻いている。
傍から見ると、毒殺しているように見えるのではないだろうか?
まるで、マッドなサイエンティスト。そんな感じなのイカレタ狂人が、第三者の目には映るだろう。見た目が全身タイツの黒ずくめてところも背中を押しているのだろう。
これから、俺はどこに向かうのだろうか。
不安が襲い、無いはずの胃がキリキリと痛み出す。汗が出るはずのないこの体を何かが何かが伝うような、感覚を錯覚する。
うゎあ!俺ってこんなに打たれ弱いのか?ショックだなー。
「大丈夫です。心配することなど何もありません。主様の障害になるものはすべて私が屠りましょう」
エミールが俺のつぶやきを拾うと、
「ええ、そのとうりです。我らが神であらせられる、あなた様の進む道を阻む者などいるものでしょうか?もしそのような輩がいるのであれば、必ず滅びるでしょう」
ゴブリンの巫女もエミールと同じように、根拠のない自身に満ちている。
二人とは会ってそんなにたってないのだが、完全に俺を信頼しきっている。イエスマンの完成だ。
今後、この霧を使えばこういった人達が増えるのだろうか?
思い浮かべるのは、沢山の信者達に囲まれ崇め奉られた俺の姿だ。
気持ちが沈んでいくようだ。
その姿を思い浮かべ、俺は付けないであろうため息を心の中でついたのだった。
そんな俺の知らない場所で、確実に危機は迫っていた。
邪神誕生の前、エミールの所属していた勇者チームはゴブリンを完全にまき、どうにか逃げ切ったていた。これも、エミールをおとりに逃げ切ったお陰と言ってもいい。
勇者のアイルは、逃げ切れた事による安心感とゴブリンごときに逃げる事になったことによる何とも言えない憤怒により、心情は穏やかではなかった。
エミールを切り捨てた事については、何とも思っていない。
むしろ、勇者を守った名誉ある騎士といった栄誉を与えられるのだから、感謝して欲しいくらいだと思っている。
が、相手はゴブリン。
どんなに相手が強いとは言え、ゴブリンごときに敗走をしてしまった事が許せない。
ゴブリンなんて、ただの気味の悪いガキのような魔物に。
「糞ッ!ゴブリンどもめ」
「全く同感だ。ゴブリンどもにやられるなんてよ!あの数に連携の取れた攻撃、軍隊かよ」
アイルの横で、同じようにぼやくのは剣士のエール。アイルとは腐れ縁の悪友だ。実力はアイルと同等の強さがあるが、少し頭が悪い。そんな彼だからこそ、俺の引き立て役には丁度いい。
アイルはそう思い、彼を仲間に入れている。
頭は悪いが腕は確かだし、何より付き合って長いのだ。
堅物の女騎士より、気の知れた仲間を選ぶ。
そういった理由から、彼は切り捨てられず今もこうしてアイルの横でぼやいている。
そして、その後ろの方から項垂れた様子で歩いている僧侶姿の女がいる。
彼女の名はヒィーネと言い、世間一般に聖女と呼ばれている。勇者パーティーにおいて回復を担当しているある国の教祖の娘だ。
ヒィーネは、エミールを助けられなかったこと、自身が生き残ってしまった事に激しい後悔の念に襲われている。
彼女は、アイルによって自分たちが生き残るためエミールを切り捨てた事を知らない。
アイルは、ヒィーネにエミールは自ら残り、自分たちを逃がすためにおとりになったと説明しているからだ。
それでも、助けられなかったことに後悔し、彼女は自身を責 めていた。
そんな彼女に今かける言葉をアイルは持ち合わせていない。
時間が自然に解決してくれるだろう、アイルはそう思い今は声を掛けない。
時期を見計らい、適切な言葉をかけて彼女を自分の物にする。その為には、下手に声をかけるのは下策だろう。それよりも、ゴブリンだとアイルは憎しみの炎を燃やす。
あのゴブリンども、どう全滅させてやろうか。
アイルは、考えるがゴブリン達の異常な戦闘技術と集団戦に今のままではどうする事も出来ないと悩む。
ただでさえ一人抜けたこのチームで、あのゴブリン達を倒す事が出来るのだろうか。
どうすれば、良い?
考えるアイルの頭に、エールの呟きが刺さる。
統率の取れた軍隊だと?
アイルはニヤリと笑う。
「どうした、アイル。何かあったか?」
「ああ、確かにあのゴブリン達は強い。だけど、俺らに見つかったのと立地が悪かったなぁ。あのゴブリンどもも、こんな近くに集落を構えなくても良かったんじゃないのか」
「どういう事だ、アイル」
「考えてもみろよ、エール。今俺たちが向かってるのはどこだ。どこに向かっている?」
「そりゃよ。王国の首都レイサムだよ。でそれとゴブリン達がどう関係あるんだ?」
「あんな所にあったら、邪魔だよな。今まで気づかれなかったみたいだけどよ。あそこはなぁ、レイサムの目と鼻の先にあるんだよ」
そう言ってアイルは深い笑みを浮かべた。