2話 目指すものへ
入試当日。
オルガとイールはいがみ合い、試験会場までやってきた。
「お前なんて落ちてしまえ!」
「落ちるのはお前」
冬の厳しい寒さでイールは身を震わす。
受付で受験票を受け取ると会場内に入っていった。
周りには人が多く、これがライバルか。とイールは心を燃やす。
「120〜140番の方こちらでーす」
案内員に導かれ、オルガと別れ廊下を進む。
行き当たりに現れたのは大きな扉。
これが高校!!
イールは胸を弾ませた。
その扉を開けると、そこには沢山の人ととても大きな部屋。きっと中学校の体育館の数倍はある。
入るとすぐにアナウンスが流れた。
「みなさん集まりましたね。では、これから入試実技試験として、魔法使用ありの尻尾取りをしていただきます」
尻尾取り??
受験生の大半が唖然とする。
そして、もう一つ驚くべき事が起きた。
腰にはすでにテープがまかれており、その両サイドに一つずつ紐がつている。
「尻尾を取りつつ、取られないように!それから、服には保護魔法がかけてあるので汚れたりはしません。ご安心を。では!時間いっぱい暴れてください」
ちょっと待て。対人かよ!
対人戦が少し苦手なイールは焦りを感じた。
「よーい!」
全員が構える中、一人イールだけが困ったようにキョロキョロとしていた。
「スタート!!!!」
『ドドッ!ボォッ!』
スタートの合図と共に、炎や水。雷などが飛び交う。
「うぅ…」
仕方なく、腕に魔法陣を発生させ「筋肉増強魔法」を使い腕の筋肉を一気に活性化させる。
勝負は五分間。それを超えると使えなくなる。
自分の弱点を考え、すぐにイールは飛び出した。
「くっらぇぇぇぇ!!」
腕に火を巻きつけた男が、拳を振り上げ目の前に現れる。
まずい!!!
焦って右手を振るが、男はいとも簡単に交わしてしまう。
まだ!
左手の掌を相手に向け、掌に緑の魔法陣を発生させた。
もう一つの魔法を使うのだ。
「風魔法!疾風スパイク!」
イールの左の掌から、強風が湧き出る。
その風に煽られ、男は3、4m押される。
「今だ!!」
足に赤い魔法陣を切り替えて、男に向かって地面を蹴り走る。
数秒の差だった。
数秒の差で、相手の火を纏った腕よりも先に相手の腰の両サイドにある紐を引っ張りとった。
「ふざけ…」
悔しそうに何かを言おうとしたが、その声は現れた魔法陣によって消された。
男は魔法陣に吸収されるように消えてしまった。
「ふぅ…」
一戦終わり、安堵を漏らすイールにまた一人敵が近づいてきていた。
「ないっ!」
腰の右端にあったはずの紐がなくなっている。
「まさか!」
気づいた時には時遅し。
地面からニョキッと手が生え、左の紐に手をかけている。
やばい。そう感じ、焦って手を掴む。
掴まれた方も焦りか、引き剥がそうと地面の方に引っ張る。
「一本釣り!!」
しかし、筋肉増強魔法がついているイールには勝てず、地面の中から男が釣り上げられる。
今だ!そう思い釣り上げた男の腰に向け手を伸ばす。
しかし、その手は黒い何かに妨害され、からぶる。
靄だ。黒い靄。
気づくと自分の周りも黒い靄で覆われていた。
「俺の勝ち確!」
遠くから声が聞こえる。
おそらくこの声が、靄の主。
謎の確信で、イールは進む。声のする方へただひたすらと。
『ドンッ』
誰かにぶつかる。
先を急ごうと思い、避けようとしたイールの肩を、ぶつかってしまった相手が掴む。
自分の周りだけ徐々に、靄が消えていく。
この人が靄の主だ。
一目で分かった。
その男は、髪をガチガチにセットしヤンキーのような見た目だった。そして、軽くあげた右手からは黒い靄が出て行っている。
「てめぇ。俺と戦うってのか?」
強そうだ。勝てそうにない。
少し弱気な自分もいたが、イールは自分の頬を軽く叩くと一言で答えた。
「かかってこい!」
ふぅん。と言わんばかりに腕を『パキパキ』と鳴らす男。
「はぁっ!!」
先手必勝!イールは右ストレートで男の腹を狙う。
しかし、男が出した靄に消され空振る。
「ギィッ!」
背中に強い衝撃を覚え、イールは倒れ込む。
おそらく、あの男だ。
紐を取れば終わりな物を、遊ぶつもりなのだろう。
「ウギィッ!」
次は重い蹴りが、腹に入る。
そして、背中にも。
男の攻撃は止む事なく、続けられる。
「風魔法……疾風スパイク」
ボロボロの体でやっと、風魔法を使った。
しかし、強風を靄に当てても消える気配はなかった。
「完全に積みかよ」
イールは絶望と自分への嫌味で心がいっぱいになっていった。
次から次へと蹴られる中、イールは今までの人生を思い出していた。まるで走馬灯のように。
イールとオルガは昔は仲が良かった。
オルガのトレードマークのネックウォーマーだって、俺が誕生日に買ってあげたし、一緒にこの学校に通うって約束もしていた。
約束…
徐々にイールの目頭が熱くなっていく。
このままじゃ、終われない!!!!
イールは傷だらけの重い体をなんとか起こすと、風魔法で強風を起こし自分の周りに打ちまくった。
その時「うあっ」
微かに聞こえた。男の声だ。
その声の方向に最後の力で走り、全力で右腕を振る。
「うぐぁっ!」
その声と共に、かかっていた靄も薄くなり相手も見えた。
男の腹にはしっかりと、イールの腕が食い込んでおり、男は苦しそうな顔をしている。
「ゲホッ」
男は咳き込んだかと思うと、力なくその場に倒れた。
イールは高揚感と達成感で満ち溢れていた。
「終了!!!」
「!?」
その言葉にイールは驚き焦った。
なぜなら、取った紐は二つ。一人分だけだった。
靄も晴れ、集計員が見回る中絶望と疲労のせいで、イールは倒れた。
もう終わった。
その言葉が脳内を巡り、イールを蝕んでいく。