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私が学校をサボって殺し屋と話をした話

作者: 白城

「頭が痛いので帰ります」

「そうですか。お大事に」

「ありがとうございます」

 私は頭を下げてから、横にスライドするタイプのドアに手をかける。

「失礼しました」

 毎回言っていて思う。失礼と言うほどの失礼な行為を働いていないのにこんな事を言う必要性があるのか。そもそも失礼しましたなんて言われて嬉しい人なんているのか。私は嬉しいとは思えない。

 職員室から出て床に置いてある鞄を手に取る。何でいちいち鞄をおろして部屋に入らないといけないんだろう。床に鞄を置いて何処かに行くなんて、鞄が汚れてしまうし不用心だ。

「……さて、帰るか」

 私は髪を撫でて階段を降りた。頭の痛みなど微塵も感じない。では何故私は頭痛を訴えて早退しようとしたのか。答えは単純明快。私はただただ教室が嫌いだからだ。教室が好きだなんて人ほんの一握り位しかいないだろうけど。

「何もかもめんどくさいよなぁ」

 私はいつからか抗えない程の無気力に悩まされていた。常に目指すはベットの上。いや、別にやましい意味ではなくて。

 窓の外には突き抜ける様な青空が広がっている。雲が一つもない。晴天、か。

外が広すぎて、教室という一つの部屋に四十人も集まって、しょぼい机につまらない教科書を広げて、薄汚れた黒板に書かれた文字を写すという、学生としての当たり前が何だかとても奇妙に感じた。

「毎日学校に来てずっと席に座っていられるだけで大したものだよなぁ……」

 何で世の中の人達は学力だのなんだのってそんなに躍起になるんだろう。世の中の学生はこんなに凄いのに。

 下駄箱から靴を取り出して、手を使わずに履く。スリッパみたいな靴を正方形の形の靴箱に突っ込んで歩き出す。人がいない下駄箱って何だか好きだ。異世界があってわくわくする。何処かに取り残された様な不安感が私に非日常感を与える。

 人っ子一人いない校門を通り抜け、学校の敷地内から難なく脱出する。外には、当たり前だがエアコンとか扇風機とかは無くて、うだるような暑さだった。

「お腹空いたな」

 コンビニにでも寄ってお菓子を買おうか。そう思案していた時だった。

「へい! ジェーケーお散歩」

「うっ」

 聞き覚えのある声がして私は振り返った。私に声をかけたのは、殺し屋のおにいさんだった。今日も相変わらず目立つ柄の竹刀袋を提げている。中には喋る竹刀が入っているんだそうだ。だいぶ意味が分からないが。

殺し屋のおにいさんは、少し前まで三年C組の須々木という名前で生活していたけど、余りにも学校に来なさすぎるがために留年する事になってしまったから、元々やっていた殺し屋に専念することにたらしい。本当に殺し屋かどうかは分からないけど占い師だって本当に占い師かどうか分からないし、試そうにも一人殺してもらうだけで何十万もかかるから気軽に頼めない。

「確かに私はお散歩中の女子高生だけど意味違うでしょそれ」

「そうだねぇ」

 殺し屋のおにいさんはからからと笑って、手に持っていた天然水のペットボトルの中身をぐっと飲み干した。

水なんて水道を捻ればいくらでも出てくるのにわざわざ買う必要あるのだろうか。

「またサボり? そんなことばっかしてると僕みたいになっちゃうよ」

 おにいさんはペットボトルを捻ってゴミ箱の穴に向かって投げた。投げられたペットボトルは、ゴミ箱の角に当たって地面に落ちた。おにいさんは「あちゃー」と言って笑った。

「ちゃんとあとどれくらい休めるか計算してるから大丈夫なの」

「ふーん」

 おにいさんは腰を折ってペットボトルを拾うと、今度は投げずにゴミ箱の中に入れた。

「あんたみたいはならないから」

「へぇ。凄いねぇ。あ、座って喋らない?」

 おにいさんは錆びて薄汚れたベンチに指を指した。普通の女の子だったら嫌がると思うが、私は特に気にもせずベンチに腰を下ろした。おにいさんは竹刀袋を肩から下して、私の隣に座った。

「今日はあっついね」

「うん」

 セミが大合唱をしていた。沢山のセミの声が聞こえるはずなのに、辺りを見渡してもセミは一匹も見つからなかった。いったいどこにどれ位いるんだろうか。

「退屈に殺されそうになって困っていたんだよ」

「馬鹿じゃないの」

 殺し屋が退屈に殺されそうになるなんてどういうことなんだ。おにいさんは足を組んでどこか遠くを見つめた。

「そもそも何で殺し屋になろうとしたの」

 うーんとおにいさんは腕を組んで小さく唸った。

「正義のヒーローにも、魔法少女にも、格好いい探偵にも、なれなかったからかなぁ」

「はぁ?」

 へんてこな回答に私は眉をひそめた。

 しゅわしゅわとセミが鳴く。車の走る音が聞こえる。遠くから小さな子供のはしゃぐ声が聞こえる。夏の外ってどうしてこんなにうるさいんだろう。

「なーんてね。人の為に生きて、人の為に死ぬ奴がいてもいいんじゃないかと僕が思ったからだよ」

「はあ……」

「君はさ、人の一日にどれ位の価値があると思う?」

「何に価値があって何に価値がないか良く分からないから何とも言えない」

「君は自分のこと幸せだと思う?」

「幸せでも不幸でもない」

「憧れの人はいる? その人になりたいと思う?」

「別にそういうのはない。永眠したい」

「将来の夢は?」

「特になし。働きたくない」

「時間が過ぎていく事を怖いと思った事はある?」

「ていうかもう喋るの飽きてきた」

「そうだね。でも、面白いなぁ。やっぱり、誰かと話すってものすごく幸せなことだ」

 おにいさんは満足そうに何度も頷いた。

 まるで卓球みたいな会話だった。私は疲れてもう何も言わなかった。

「……」

青空を仰ぎながらぼーっと何も考えない時間を過ごした。おにいさんは何も言わずに、ただにこにこしながら遠くを見つめていた。時々ひゅっと涼しい風が吹いた。目を閉じるとぐわんぐわんと何かが歪んでいった。私は目を開けて、そろそろ帰ろうかなと思った。その時ぐーと小さく腹の虫が鳴いた。私はお腹を抑えてひねり出すように言った

「……お腹空いた」

「どうしたの。ダイエットしてるの?」

「別にそんなことは無いけど……」

 おにいさんは立ち上がってお尻についた砂をぽんぽんと振り払う。そして竹刀袋を手に取った。私はそれを横目に見ながら動かずにいた。動くのが果てしなく面倒だった。私はお腹に手をあてたままだったから、他の人が見たらお腹が痛い人に見えるかもしれなかった。        

袋の中に入っている竹刀は今日も喋らなかった。そういえば、私は竹刀が喋る所を見たことがない。もしかしたらおにいさんが「みんなの前では静かにしてないと駄目だよ」とか言ったりしているのかもしれないな、と思った。このおにいさんはメルヘンチックというか何というか夢見がちなところがあるから。

「ラーメンでも食べに行く?」

「んー、いや、いい」

 学校をサボって殺し屋と一緒にラーメンを食べに行くなんてなかなかロックだな。悪くはないな、と思いながらも行くのが面倒だったから断った。

「そっか」

 おにいさんはパラパラと手についた砂を払ってにこっと笑った。私は直射日光によって焼け焦げてしまいそうな髪の毛を整える。風で随分と乱れていた。

「じゃあ、また」

「うん。じゃあね」

 私はゆっくりと立ち上がって、殺し屋のおにいさんに別れの言葉を告げた。そのまま自宅へと歩を進める。家と学校の距離はそこまでなかった。歩くのが面倒だから、家から近い高校を選んだのだ。

 お客さんが入っている所を一度も見たことがない肉屋の前を通る。店主のおじいちゃんが窓を拭いていた。そういうのは営業時間外にやるもんじゃないのか。

「おっ、嬢ちゃん」

「あ、こんにちはー」

おじいちゃんはにかっと笑った。唇の間から黄色い歯が覗いた。 

 普段は近所の人には余り挨拶はしないけど、このおじいちゃんは別だった、と言ってもこのおじいちゃんの方から挨拶をしてくれるから返しているだけだ。

「リンゴやるよ」

 おじいちゃんはぽいっと私の方にリンゴを投げてきた。私はそれを受け取って、ありがとうございますと頭を下げた。顔を上げて、そしてそのままリンゴをかじった。リンゴは硬くて歯が折れるかと思った。

「おい、嬢ちゃん」

 おじいちゃんがぎょっとしていた。私は対して気にもせず、もう一口リンゴをかじった。口の中に入ったリンゴをしゃくしゃくと咀嚼する。甘くて美味しかった。

「あ、美味しいです」

「そうかい」

「それじゃあ」

 私はリンゴを食べながら再び帰路に就いた。アスファルトの焦げた様な香りがする地面を踏んで、右足を出した後に左足を出して、私は歩く。

「おーい、嬢ちゃん。お尻汚れてるよー」

 おじいちゃんの声が聞こえた。私はふふっと吹き出してしまった。

「そうですねー」

 こんなどうでも良くてくだらない日々が私には丁度いい。もしかしたらこういうものを幸せとよぶのかもしれない。価値とか、意味とか、どうでもいいのかもしれない。

 しゃくり。気持ちのいい音が響いた。

 


 


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