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EVE:2129 - The Promise of the Heart

作者: 志室幸太郎

シェアワールド小説企画、コロンシリーズの参加作品です。

http://colonseries.jp/

 二一二九年、八月。古都東京神田自治区。

 二〇八八年に発生した首都直下地震で瓦礫の街と化した東京も、未だ行政の手が届かない部分はあるものの、ようやく街としての機能を取り戻しつつあった。


「ママー、だれかきたよー」


 程よく日焼けした幼い女の子が、母親のエプロンを引っ張りながら言う。

 野外食堂のテーブルを拭いて回っていたハナは、汗を拭って娘の指差す方を見た。

 西から靖国通りを走ってくる一台の古い車。それは時折エンストしそうになりながらも、まっすぐに食堂のある交差点へ向かってきていた。

 ハナは警戒して、娘を自分の背に隠す。

 しばらくすると車が到着し、ぐったりした様子の二人が降りてきた。


「う、うえ……もっと良い車なかったの……」

「仕方ないだろう、貧乏学生なんだから……」


 愚痴を言い合いながら歩いてくる二人のうち、一人にハナは見覚えがあった。


「マナコちゃん!」

「もう、マナって呼んでって言ってるでしょ!」


 ショートヘアの小柄な女の子が笑いながら怒る。

 それを見てハナも楽しそうに笑うが、隣を歩く外国人を見て不思議に思った。

 ハナの前に二人がやってくる。


「ただいま!」

「おかえりなさい。えっと……この方は?」

「初めまして、ダニエル・ゴールドマンです。日本には留学に来ていて、マナにはお世話になってます。勉強のために神田に連れてきてもらいました」


 薄く微笑んだその彫りの深い顔に、ハナは言葉を失った。

 初対面なのは間違いない。しかしなぜか、不思議な懐かしさを感じる。


「どうしました?」

「あ、いや……」

「ハナちゃんったら、イケメンだからって見惚れてちゃってー」

「違うっての。大人をからかうんじゃありません」

「ぶはっ!」


 ハナは雑巾をマナコの顔に投げつけた。


「汚い!」

「はいはい。折角来たんだし、神田を案内してあげたら?」


    ・・


「で、ここが伏見図書館。……どうしたの? なんかずっと神妙な顔してるけど」

「いや……資料で写真を見たけど、よくあんな瓦礫だらけの状態からここまで復興したなと思ってさ」

「そうね、確かにね。人間って本当に凄いと思うよ。……入らないの?」

「……入ろう」


 ダニエルはガラスの扉を引き、中に足を踏み入れた。古い本の匂いが漂う。


「イヴおねえちゃーん? いるー?」


 マナコが声を上げると、「はーい」と上から声がした。

 少しして、右手にある螺旋階段の上から、一人の女性が下りてきた。

 癖のある黒髪、白い肌、均整の取れた顔立ち、そして古びた黒縁の眼鏡。

 ダニエルが見上げると、太陽の光で輝く埃の中、その女性は立ち止まった。


「……やあ」

「……こんにちは」


 ぎこちない挨拶を交わす二人。マナコはその様子を不思議そうに見ていた。


「マナ、お帰りなさい」

「あ、うん。ただいま」

「ちょっと二人にしてもらえますか?」

「え、なに? 知り合いなの?」

「さあ、どうでしょう」


 イヴと呼ばれた女性は、ダニエルを見て微笑んだ。


    ・・


 ダニエルとイヴは、四つあるソファのうちの一つに並んで座った。

 しばらく黙っていた二人だったが、イヴが口を開いた。


「不思議です。あなたをずっと待っていたような気がするんです」

「……不思議なのはこっちだよ。僕のことがわかるの?」

「ええ、多分」


 イヴは頷くと、立ち上がって奥の部屋へ行き、一冊の古ぼけた本を手に戻ってきた。


「これを、小さい頃から何度も何度も読んでいました」


 そう言ってイヴが示したのは、“EVE:2108”と印字された黒い本だった。


「ちょっと見せてくれる?」

「はい」


 ダニエルはその本を受け取ると、ぱらぱらとめくって一気に終盤のページを確かめる。そして口の中で呟いた。


「……なるほど、粋な加筆だ」

「私はすっかりその本の虜になってしまって、自分はその本のイヴの生まれ変わりで、いつか“伏見さん”が生まれ変わって迎えに来てくれると信じ切っていました。大人になるにつれてそれはただの物語への憧れだと思うこともあったんですが……やはり、私はここを離れてはいけない気がして」

「……うん」

「私は正しかったようですね」

「……うん。僕の読みも正しかった。待っていてくれて、ありがとう……」


 静かに涙を流すダニエルの頭を、イヴは優しく撫でた。


「見せたい場所があります」


    ・・


 かつて、野球場として沢山の人が集まっていた場所。

 そこには一面の緑が広がっていた。時折吹く夏の風に煽られて、稲穂が揺れる。


「綺麗だ……」

「美味しいお米たちです」


 その感想に、ダニエルは吹き出し、お腹を抱えて笑った。


「どうしました?」

「いや……ううん、なんでもないよ」


 ダニエルは涙を拭うと、呼吸を整えた。


「イヴ。君はこれからどうしたい?」

「……ここであなたを待つ必要もなくなりましたね。どうしましょう」

「良かったら、一緒に旅をしよう。色々な場所に行って、色々なものを見よう」

「美味しいものも食べられますか?」

「もちろんだ」


 イヴはダニエルをからかうように見て微笑んだ。

 そして差し出した手を、手に取る。


「あなたとなら、喜んで」

本作は「EVE:2108 - The Place of the Heart」にちょっとだけ出てきた、イヴのクローンにあたる子の物語です。

遺伝情報が完全に同じため、命を落とした第一ロットのイヴとの親和性が高く、心を継承します。

記憶はありませんでしたが、伏見と佐伯による本を記憶代わりに、無事伏見の生まれ変わりであるダニエルと再会できました。

再会した二人は、まず福岡に行ってラーメンを食べました。


「EVE:2108 - The Place of the Heart」

http://ncode.syosetu.com/n2713da/

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