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発達障害者の日誌91
正しい事のために死ねるかではなく後悔するために死ぬという選択をするのは違う。また外的な要因によって結局支援者が後は会社に任せて前段階だけでというのも違うし、国がある程度の事をすれば給料が発生するという仕組みがある限り多分、本気にはならないような感じではあるな、それは確実に支援を受けた感想なんだけれども、本当に大事なのは一人一人時間を割けるだけの気持ちがあるかどうか、待機中のセッションでの民間企業でも有料となる部分を解消しなければ集中するにしてもやはり死ぬかもしれないという強迫性は変化しないだろう。
よく問題点を指摘するひとたちがいるが、じゃあ何故貴方達は言うだけで何もしないのだとも言いたい。だからこそ僕はセーフティーを使ってでも生きてまずできることをするという事をする。本来の社会支援は社会復帰であるわけだから発信者の一人としてなってもよいのかなと。決して支援を受けることが堕落することではなく生きる為という事もあるわけだから。




