発達障害者の日誌68
自分が経営者に向かないのは、時折やりたいことがあると収支を度外視する形があるからだ。それを考えるとどうにもやるならば個人のほうが性にはあっているわけだが、基本的な話。基礎的な運営は出来ても多方面にするという時の収支というものを考えた時、個人でやる分には難しいものはあるだろう。核となる部分はこれから学んでいくとしても、お金に関しての体感の部分は同じ企画を考える人間との兼ね合いも含めて様々な感覚を養う必要がある。
基本的に書物で知識を得るのが圧倒的に難しいため、体感で得るものが多いので、書物は思慮を深めるためのものとして考える事にしている。文章を表現しているときに文学者に好かれないのはここらへんの話なのだなとおもうのだが、読み解いて研究するという形を僕は求めないわけで、それが不満に繋がるらしい。僕は固定化された世界がすきではないため、むしろそれでもいいかなとはおもうわけで、批判も批評も結構なことだし、それぞれの価値観はおしつけあうものでもないし、それこそが正解だという空気がすきでないし、そういう空気感を持つひとは合わないと感じているのですぐ離れる。無駄だからだ。変えようのない現実に力を割くほど僕はおおらかでもないし。僕の好む世界でまわりをかためるつもりはないけれど、少なくとも万人ではなく感じた誰かの気持ちが落ち着く場所であればいい。そうおもってイベントをしている。




