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発達障害者の日誌50
とうとう50まできたのですが、基本的に言葉の垂れ流しをしているだけなので、有用的かつ効果的な言葉をうまく使用できているかが問題だ。少なくとも考えうるなかで整理しうる要点は書きだしているとは思うが、まず考えるべき行動としてはこの思考をどんなベクトルかで伝えるかにもあるような気がする。苦しいでも悲しいでもなく喜びだけでもなく楽しいだけでもなく、折角障害当事者としてこれもまた語弊のある言い方ではあるが、皆とは違った価値観で動けているのでその生きづらさも含めてどう伝えれるかというのもまた楽しみになりつつあるのかなと。
障害という言葉は診断を受けてないひとにとっては引くようなであるわけなので、それもまた真理なのかなとも考えております。ならば当事者として憤慨するよりまずは出来る事を示し続けてそれから話をすすめたほうがいいじゃないのという話ですね。
正直な話、メンタル的な部分は弱いし、寧ろ躁鬱もちで結構しんどい日々もありますが、それでも生きているのでたのしく生きていくコツを探しながらのほうがいいではないかと楽しんではいます。




