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発達障害者の日誌47
怒りを認識するというのはなかなか時間がかかることで、年が若い時はそれはそれは給湯器のように怒りを撒き散らしていたわけですが、ある日を境に怒りよりもその怒りのエネルギーをどう活用するかという風に考えるようになったら気づけば怒りを認識するという行為が数日後にくるようになってしまった。正直な話、相対する時に面倒さが先に出てその時には爆発はしないのだけれど、静かに構築されたら箍が外れるように怒るという行為になるというのを自覚をした。
陰口になるのであまりよろしくはないが、今僕はこのようなバランスであると認識したのでまずはその認識をもちいたうえでどう成長するかというのを考えるのがよいだなと考えた。友人に脅威をもたらすものはやはり面白いものではないなという自覚はあるわけだからまずその場できちんという言葉を用意するのも大事だろう。




