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発達障害者の日誌193
僕は普段友人や知り合いの音楽しか聞かないのだけれど、amzarasiというバンドの曲は聞いている、彼らの鬱めいた響きと生への渇望がすきなのだ。感じ方は人それぞれなんだろうが、死にたいは生きたいの証明だと僕はおもうから。
どんな存在であれ、僕らは証明していく。
愛しかり、心しかり、存在しかり。
だからそれでいいとおもう、セックスしかできねえやつもいれば、言葉しかいえないやつ、行動しかできねえ奴もいる。
だからイエスマンにはならなくても大概は肯定していくよ。
人それぞれでいいじゃんか。
それでいいじゃない。
僕らは誰かを神様としてあがめるわけではないし、選ぶだけの自由は与えられているのだから。
心根の中に叫ぶ何かのために生きたらいい。




