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ショウと美沙。

「疲れちゃったよ…」

と、中野美沙はぼやきながら、手で髪をくしゃくしゃした。

「またかよ…」

と、僕は少しため息をつきながら言った。

家に来いと言うから、どうせいつもの愚痴だろうと分かっていながら、来てしまう僕も悪いのだが…。馴れ合いの関係というのも、ここまで来ると考えものだ。

換気を好まない美沙の部屋は、少し臭う。

僕が窓を開けようとすると「開けないでよ!」と怒鳴られ、「いっつも臭いから開けろよ!」とやり返す辺りのくだりもいつもの事だった。


何もかもが判を押したように同じ事の繰り返し。


美沙とは小学生の頃からの腐れ縁だが、こいつはいつもこんな感じなのだ。

精神的に弱く、存在感のうすい美沙はどこに行っても浮く女の子だった。

そんな美沙と、同年代で家が近い…という、それだけの理由で親同士の付き合いから始まり、僕と美沙は幼なじみになり、今に至っている。


 今に至っていると書いたが、僕たちは今、19歳。

 僕はフリーター生活しながらバンド活動をしていて、対する美沙は…高校卒業後、対してやりたい事もないので進学も就職もせず、バイトをやってはクビになったり、即効で辞めたりの繰り返しの日々だった。

 まぁ、こうやって書き連ねると僕も対して美沙と変わらないと言えるが…。


 しかし、言わせてもらうが美沙は僕よりかなり酷い。

先日もコンビニのバイトを無断欠勤してバックれたと思ったら、今度のファミレスでも忙しさに嫌気が差し、早退して、そのまま連絡もせずバックれたと言うからさすがに呆れた。


「電話くらいしろよ…」

と、僕が注意すると「だって電話すんの気まずいし…」と目線を斜め下にして下唇を噛みながら美沙が言った。

 自分の立場が悪くなるとする、彼女のお決まりの反応だった。

「だって仕方ないじゃん…」

そうボヤく美沙。

(私は悪くない。悪いのは私を受け入れない社会だ)

そんな思惑が彼女の表情から見て取れた。


「お前、これから先、どうするの?」

と、僕が聞くと「…とりあえず、休む」と、美沙が言った。

「そんなに疲れてないだろ?すぐに次、探せよ」

と言いたいところだが、そこまで言うとケンカになるので、僕は「…テレビつけるぞ」とリモコンを取り、テレビをつけた。

 正直、観たいテレビなんて無かったが、この停滞した雰囲気を少しでも変えたかった。

 適当に回して、お笑いの番組があったのでそこでリモコンを置いた。

 画面には今、急成長を遂げている「ニャーニャーズ」というふざけた名前のお笑いコンビがコントをやっている。

「こいつら、つまんなくね?」

と、美沙が言ってきた。

 確かに僕も、なんでこんな奴らが人気出るんだろうと不思議な気持ちになるが、兎にも角にも、「笑い」というプラスの要素がこの部屋に満ちる事を願って出た行動だった。

「ショウ、お笑い好きだっけ?」

と、美沙が聞いてきた。

遅れたが、僕の名前は飯島昌という。

下の名前の読みは(アキラ)ではなく(ショウ)と読む。

「お笑い?…別に。だけど、暗い雰囲気に浸るよりは良いだろ?」

と、僕は言った。

「うん…」

と、美沙は体育座りをし始めた。

 だが、「ニャーニャーズ」のコントは会場内ではウケてるのに、僕と美沙にはクスリ…ともこない。

「それは僕のせいじゃないニャー!」

と、猫の着ぐるみを着たボケ担当が言うと「いい加減にしろニャー」と、ツッコミ担当(こちらも猫の着ぐるみを着ている)が言い、場内は笑いに包まれ終わった。

 

「…………」

 僕たちの間に沈黙が流れた。

 時にテレビを観ていると(こんな事をやって金をもらってる奴がいるのか…)という、一種の理不尽さを僕は感じてしまう。

 世の中分からないよな…と、つくづく思う。

 次のお笑いコンビが出てきた。

 美沙は体育座りをした状態で、太ももに顔をうずめ、目だけ出してテレビを観ている。

 そんな彼女を見て、(こいつ、これから先、どうしていくのかな…)と、ふと不安になった。


 僕からしてみると、美沙は決して悪い奴ではない。

 ただ、人一倍敏感というか繊細なのだ。

 常に周りの目を気にしているような所があるし、間違いを注意されたりすると必要以上に落ち込んだりする。

 純粋な奴だな…と、長い付き合いの僕でも思う。

 しかし、純粋という世間的に見ると良いとされる概念も、現実的に見ると一長一短な面もある。

 美沙の場合、今のところその性格が悪い方にばかり行ってしまっている。

 僕は良いところも知っているだけに、幼なじみとして美沙を不憫に思う気持ちもある。

「美沙」

「ん…?」

と、美沙は僕に目を向けた。

「あんま落ち込むなよ」

「…うん、ありがとう」

と、言うとみるみる美沙の目が潤んできた。

「ショウのその一言が、欲しかった…」

 そう言うと美沙は、ベッドに仰向けに倒れた。

 

 しばしの沈黙の後。

「ショウ」

「ん?」

「生きるのってツライね…」

 仰向けのまま顔だけこちらに向けて、美沙が言った。

「そうか…」

 僕はそうだな、とは言えなかった。

 どこかで美沙の弱さに便乗したくない気持ちが働いたのだ。

 

 美沙には父親がいない。

 美沙が幼い頃に離婚したのだ。

 そして、兄弟もいない。おまけに友達もほとんどいない。

 話せる相手というのが、実質僕しかいないのだ。

 こんな小鳥のように弱い存在である美沙が、これから先ちゃんと生きていけるのか僕には心配だった。

 こんな僕の気持ちは、他人からすれば「そんな同情したって、その人のためにならない」とか言われるのがオチだろう。

 しかし、僕は美沙を突き放す事が出来ない。そんな事をしたら、こいつはこれから先、誰を頼って生きていけば良いんだ?と、思ってしまう。

 

(僕まで美沙に冷たくしたら、最悪、美沙は…)

と、悪い考えが頭をよぎる時がある。

 しかし、そう思わせるものが美沙にはあった。


 結局その日は、これといった会話もないまま、テレビを観ているだけで終わった。


…美沙から連絡があったのは、それから数日後の事だった。


                              (つづく)

 




人生に活路を導き出せない人に読んでもらえれば幸いです。

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