表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
希望の森  作者: みどー
4/4

結「希望の森」



「光希!!」


 俺は光希のもとに走り寄り、光希を抱き起こす。

 光希は青白い顔と紫色に変色した唇で、目を瞑ったまま動かなかった。まるで、死んでいるようだった。だが、幸いな事に微かだが呼吸はしていた。


「おい、光希! しっかりしろ!!」

「ぅ……」


 必死の呼びかけに、光希は小さなうめき声を上げた後、うっすらと目を開けた。


「よかった! 目を覚ました!! おい、しっかりしろ! 俺が分かるか?」

「ああ……分かる……よ。よかった……戻って、きたんだね?」

「あ、ああ。ごめんよ……やっぱり、森の外へは出られなかった。医者も連れてこれなかったよ……」


 医者を連れてこようなんて、嘘だ。俺はお前から逃げ出しただけで……。

 だが、光希は頭を振って微笑んだ。


「い、いいんだ。こうなったのは、全部僕のせい、だから……君は、悪くない」


 そう言う光希の顔は微笑もうとしているが、苦痛で顔が歪んでいる。


「お前……なんで、なんでそんな状態なのに、外になんかにいたんだよ!」

「なんでって……悠軌が、言ったんじゃ、ないか……ここで待ってろって……」

「な……お、お前……」


 まさか……俺が言った事を信じて、ここで待ち続けてたっていうのか?

 そんな……そんな、馬鹿なこと……。


「ば、ばかやろう! そんなの……そんなの信じる奴があるかよ!」

「し、信じる、よ……だって、僕が悠軌を信じてあげなくちゃ……悠軌は独りぼっちに……なっちゃうもん。それに……僕たち、友達だろ?」

「とも……だち?」

「そう、友達……だよ」


 友達――――俺と光希が出会って、まだ三日しか経っていないというに、こいつは俺を友達だと思ってくれているっていうのか……。

 くそ! 何なんだよ! それじゃあ、疑ってた俺が馬鹿みたいじゃないか! 俺はお前を……信じてやれなかったのに!


「泣かないで、悠軌……」

「え……」


 光希は右手でそっと俺の頬に触れる。そこには涙が流れていた。俺は自分でも気づかないうちに泣いていた。


「はは……悠軌が泣くところ……初めて見た。どんなに辛い話をしていても、泣かなかったのに……嬉しいな。そんな顔して、泣くんだ、ね?」

「ば、ばか! こんな時に何言って……」


 俺は袖でごしごしと涙を拭う。光希はそれを微笑みながら見ていた。そして――――。


「ね、悠軌? もう、君は分かったんじゃないかな?」

「わ、分かったって……何を……」

「〝信じる心〟を……何かを……誰かを……信じて生きていけるんじゃないかな?」

「あ、ああ。ああ! 信じられるよ! 俺はお前を信じる。だから、一緒にこの森を出よう!」

「よかったぁ……これで、僕は役目を終えられるね……」

「役目? 役目ってなんだよ?」

「……悠軌、手を……」


 光希は右手を差し出してくる。どうやら、手を握れと言っているようだ。


「な、何だっていうんだ?」


 俺は不思議に思いながらも、その手を握った。そして、その次の瞬間――――。


「な、なんだこれ!?」


 おびただしいイメージが俺の頭の中に直接流れ込んできた。


「そ、そんな、これは……そんなことって……嘘、だろ?」


 それは、光希の記憶そのものだった。その鮮烈で凄惨な記憶が俺の心を揺さぶった。


「ごめんね……これが……僕の真実だ……」


 光希はそう言って、哀しい眼を向けてきた。



 光希は、元々体が弱く、幼くして病魔に蝕まれていた。そして、俺と同じようにこの世の全てに絶望し、死を覚悟して、この森に入った人間だった。

 そして、誰の目にも触れない奥地で――――この洋館がある場所で命を絶った。そうして、死んだはずだった。

 だが、光希は生き返った。死の淵で、この森の精霊に助けられた。いや、呪われたと言った方が正しいかもしれない。

 森の精霊は光希に命を吹き込む代わりに、罰を与えた。


『お前と同じように全てに絶望し、この森に入ってきた人間を救ってみせろ。その数が百に達した時、お前を自由にしてやろう』


 それが、精霊から与えられた罰であり、試練だった。この試練を乗り越えない限り、光希は歳を取ることこともなく、死ぬこともできなくなってしまった。そして何よりも、森から出ることができなかった。


 光希はこの呪いを解くために、精霊に言われた通り、自殺しようと森の中に入ってきた人間を救おうと必死になった。

 だが、事はそう簡単なことではなかった。全てに絶望し、死に向かおうとする者の心を、希望のある生に向けさせる事は並大抵のことではなかった。


 止めても聞かず、自ら命を絶つ者。

 一度、自殺を止めても、再び自殺を図り死んでいく者。

 自殺をする事をやめても、現世に未練をなくし、廃人のように森をさまようだけになってしまった者。


 確かに救った命もあった。だが、それ以上に救えない命の方が多かった。その事実に、光希は苦悩し続け、堪え続けた。発狂しそうになりながらも。


 そうして、百年以上の月日が流れ、やっと百の命を救うことができた――――。




「ちょっと待て! それじゃあ、お前の呪いは解けているはずじゃないか! なんで、お前は此処にいるんだ!?」


 光希の記憶を垣間見た後、俺の中にわき上がった疑問が自然と口について出た。

 そうだ――――百の命を救った光希は、もうここにいる理由などない。森の外に出て、自由に生きていけばいいのだ。それなのに……。


「バカだな……悠軌は……そんなの……決まってるじゃないか。君が……来るのを待って……たんだよ」

「え……」


 途絶え途絶えの光希の言葉。けれど、はっきりと俺には聞き取れた。

 光希は、俺を救うためにこの森に残り、俺が来るのをずっと待ち続けていたのだ。


「なんで……なんで、そこまでするんだよ!? こんな……こんな俺なんかために……」

「なんか……じゃない。君は……僕にとって、大切な……うぅ!」

「光希!!」


 光希は何か言い掛けたが、苦しみからその言葉は遮られた。

 容態はさらに悪化の一途を辿っていた。


「くそ! もう喋るな! 今すぐ、俺が病院に連れて行ってやる!」


 俺は光希を抱えようと手を伸ばした。だが、光希はそれを拒んだ。


「無駄……だよ。元々……死に、絶えた……体だ。もう……長くは持たない……」

「そ、そんな……そんなことあるか!」

「ご、ごめん……ね。辛い思い……させて……」


 その目は本当に申し訳なさそうだった。君を置いて逝くのはつらいけれど……お別れだと語っていた。


「嫌だ……こんなの……俺は嫌だ!!」


 俺は拒む言葉しか出てこなかった。光希が死ぬなんて認めたくなかった。

 けれど、光希はただただ優しく微笑み――――。


「ありが……とう。君と一緒に……いられた時間……愉しか…………」

「こう……き?」


 光希は微笑んだまま、目を瞑っていた。


「嘘……だ。こんなの……嘘だよな? 嘘だって言ってくれよ! こうきいいいいぃぃぃぃ!!」




 光希は逝った。俺を残して。

 俺は光希の亡骸を光希が暮らしていた洋館の隣に埋め、そこに墓標を建てて弔った。


 そして、俺は――――決意した。


      *

      *

      *


 帰らずの森。そこは、この世全てに絶望した人間が、自殺するために足を踏み入れるという樹海。

 だが、その奥地には古い洋館がある。その洋館には一人の青年が住まい、死を覚悟した者をその中に招き入れる。そして、中に入った者は、再び〝生きる希望〟を取り戻すと言われている。


 帰らずの森。そこは全てに絶望した人間が死ぬための場所。だが、そこから出てこれたものは、生きる希望に満ち溢れると言われる。


 帰らずの森――――またの名を〝希望の森〟。


      *

      *

      *


 古い洋館の扉が開く。そこから、ふらふらと誰かが入ってくる。


「やあ、いらっしゃい。希望の森へようこそ。お腹は減ってないかい?」


 今宵も、また一人、救われる。




読んでいただきありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?

短編は久しぶりだったので、作品として仕上がっているか不安ではあります。

よろしければ、感想や評価をいただけると幸いです。

それでは、また。本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ