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希望の森  作者: みどー
2/4

承「外の世界」


「ねぇ、森の外の事、聞かしてよ?」


 食堂での食事が終わると同時に、光希はそんな事を言ってきた。


「森の外の事? なんで、そんな事を聞く?」

「僕、森の外に出た事がないんだ」

「え? それホントか?」


 俺の問いかけにコクリと頷く。


「随分前に一度だけ、森から出たことあるけど、それっきりなんだ」


 どうやら、本気で言ってるらしいが、とてもではないが信じられない。こんな樹海の奥地でずっと暮らしてきたなんて、信じられるはずもなかった。

 だが、光希の目は曇りなく、嘘を言っているようには思えない。


「減るもんじゃなし、教えてよ。ね?」


 光希は、しつこくせがんでくる。

 これだから、ガキは嫌いなんだ。自分が知らないことは、なんでも聞きたがる。こっちは、あちら側であった事なんて思い出したくもないっていうのに……。


「嫌だね。あんな所の事、なんで話さなきゃならないんだ! フザケんな!!」


 ちょっと語気を強めに言ってみた。すると、光希は驚いたように目を見開いた。

 これでいい。ガキなんかちょっと脅かせば、すぐに引っ込む。元々、死ぬつもりだったんだ。こんな所で子供と関係性を持っても何の意味もない。さっさと、此処から出て行って、そして……。


「ああ! もう! そうやって辛気くさい顔ばかりしてさ!! 僕に何も話してくれないわけ!? ちょっとズルくないかな?」


 光希は突然怒り出した。

 まったく――――これだから、ガキは――――。


「ズルい? なにがズルいって言うんだ?」

「ズルいよ! こっちはご飯まであげたんだからさ、ちょっとは僕の言う事も聞いてもらわないと!」

「う……」


 痛い事を行ってくる奴だ……。


「それとも悠軌は、一宿一飯の恩も返せないような男なわけ?」

「こ、この……言わせておけば……」


 さっきまで、さん付けだったくせにもう呼び捨てにしてやがる。それに一宿一飯って……飯は頂いたが、泊まったわけではないと思うが……。


「って、あれ? それだと泊まっていってもいいって事か?」

「はあ? 何、言ってんのさ? 当たり前だろ?」

「……」


 呆気にとられる。まさか、こんな見ず知らずの人間に、飯だけでなく、宿まで提供しようとは。一体に何を考えているんだ?


「だからね? 外の事や君の事、教えておくれよ?」


 光希は潤んだ瞳で訴えてくる。やめてくれ……男かも女かも分からない顔で、そういった表情をしてくるのは……。しかも、なんか注文が一つ増えてるし……。


「うぅ……はぁ……しかたねーなー」

「やったぁ!!」


 光希は両手を万歳して、喜んでいる。ちょっと喜びすぎだ。


「話してやってもいいが、そんなに面白い話じゃないと思うぞ? 特に俺のは……」

「いいのいいの! さあ、聞かせておくれよ!」


 それから、俺は光希に森の外に何があるかを一つ一つ丁寧に話した。

 都会の街並みや、最近の若者のトレンド。色々のことを話してやった。特に光希が興味を持ったのはスマートフォンだった。どうやら、携帯電話すら見たことないらしく、見せてやると大喜びしていた。電波は届かないし、電池も少なく、まともに動きもしなかったが、興味津々でいじくり回していた。


「壊すなよ?」

「別にいいだろう? どうせ、死ぬつもりなんでしょう?」

「む……」


 そう言えば、そうだった。こいつと話していると、死のうと考えていたことを忘れてしまいそうになる。


「ああ、それと、もう少し悠軌のことも話してよ。さっきから、自分のことは一切話さないじゃないか?」

「そ、それは……」


 話したくない。俺の話なんて、何も面白い事なんてない。寧ろ、ヒドイ話ばかりだ。


「話したくない……かい?」

「……ああ」

「でも、話してもらうよ? そうじゃないと、困るんだ」

「困る? 何がだ?」

「いいから、早く、ね?」

「わ、わかったよ……」


 そして、俺はぽつぽつと話し出した。これまで、自分がどう生きてきたか。それから、此処に来るまでに何があったかを。

 楽しかったこと、悲しかったこと、幸せだったこと、辛かったこと、自分が歩んでいた人生のすべて……そして、自分がどうして死のうと考えたのかを。

 つまらない話だ。誰が聞いたって、絶対楽しくもならないし、感動もできないそんな話だ。なのに……光希は本当に楽しそうに聞いていた。話しているこっちは何がそんな楽しいのか分からないのに。


「お前……何がそんなに楽しいわけ?」

「え? だって、悠軌のお話、面白いよ?」

「……話しているこっちは面白くないんだがな……」

「そうなんだ? でも、僕は楽しいよ! 色々な話が聞けてさ! それに悠軌の事も分かったし、嬉しいよ!」


 満面の笑顔で、光希はそう言った。その笑顔が、無性にイライラした。だって、そうだろう? こっちは、自分の辛い過去を話してるっていうのに、こいつはそれを面白いって言いやがるんだ。

 それに……俺の事が分かって嬉しい? なんで、これから死のうとしている奴にそんな事を言うんだ!!


「お前に……お前に俺の何が分かるって言うんだ!? フザケんな!! お前には俺の事なんて分かりはしない……分かってたまるか!! あんな……あんな事があって、俺がどれほど……」


 俺は激昂していた。わけも分からず怒鳴り散らしていた。だが、光希は、表情穏やかにそれを見つめているだけだった。そして、俺の怒りがおさまりかけた頃、光希は口を開いた。


「……可哀想に。君は何も信じられなくなっているんだね」

「なに?」

「でも、安心して。きっと〝信じる心〟は消えてなんかいない。必ず、取り戻せる時が来るから」

「は、はは……バカバカしい! そんな時なんて、訪れやしない!!」


 そうだ……俺はもう誰も信じやしない。信じることができない。取り戻せる時が来るだって? そんなのあの絶望を知らないから言えることなんだ!


「大丈夫だよ。悠軌なら……僕には分かる」

「分かる? は! 何が分かんだよ、バカじゃねーの!!」

「はは! かもね!」


 俺の罵声にも、屈託なく笑う光希。どうして、そんな風に笑えるのか俺には分からない。こいつの眼は何の曇りもない。何もかも信じている眼だ。俺のことも、俺が「信じる心」とやらを取り戻せると信じている。


「お前……なんで、俺なんかを構うんだ? こんな、どうしようもない奴……放っておけばいいだろ?」

「どうしようもないなんて、とんでもない!? 君は良い人だし、君の話は面白いよ!」


 良い人? 面白い? そんな風に思っていたのか……悪い気はしないが……。


「だから、ね? もっとお話聞かせてよ?」

「あ? まだ、聞きたいって言うのか?」


 聞き返すと、光希はコクコクと頷いた。その眼はせがむようにキラキラと輝いている。

 まったく……俺はその眼に弱いなぁ……。


「……チ! 仕方ねーなぁ!」

「やったぁ!!」


 光希は嬉しそうに飛び跳ねている。

 その姿を見て、ふと思った。たったこれだけの事に喜んでもらえる、人に喜んでもらえるなんて、どれくらいぶりだろう……と。


 俺は、光希に森の外の事を再び話しだした。それは夜が更けるまで続いた。光希はいつまでも楽しそうに聞いていた。




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