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希望の森  作者: みどー
1/4

起「出会い」



 俺は死にたかった。

 全てに絶望し、生きる気力を失っていた。

 そうして、俺はごく自然に〝帰らずの森〟と呼ばれる樹海に足を踏み入れていた。もちろん……死ぬために。



 俺の名前は悠軌ゆうき。25歳で会社勤めのごく普通の社会人だった。そう、ついこの間までは……。

 自分で言うのも何だが、俺は恵まれた人間だったと思う。普通の家庭に育ち、当たり前のように大学に進学し、卒業後は大手商社に就職することができた。友人もそれなり沢山いたし、恋人だっていた。恋人とは、仕事が軌道に乗れば、結婚しようとも約束していた。

 すべてが上手くいっているように思えた。けれど、それは突然やってきた。就職して二年、仕事にも慣れ始めたときだった。アレが起きたのは……。

 億を超える大契約が取れた日、上司と俺は、その充実感に浸り、契約書を持ったまま、居酒屋で共に酒を飲み交わした。そして、次の日、その大事な契約書がないことに上司が気が付いた。もちろん、その契約書を持っていた上司で、おそらくは酒を飲んで酔っぱらっていたために、どこかで紛失したのだろう。

 責任を取るのは上司で、俺は厳重注意、それで済むはずだった……。けれど、気が付いた時には、すべて俺の責任にされていた。契約書を持っていたのは俺で、酒を飲みに行ったのも俺一人ということにされていた。

 そして――――有無を言わさず、俺は首を宣告された。さらには、会社から多額の損害賠償まで請求された。もちろん、俺にそんな額を払える金はなかった。

 そんな時、金を貸してやると言ってくれる人が現れた。俺は泣いて喜び飛びついた。

 その時よく考えれば良かったんだ……そんなうまい話はないって事、考えれば分かりそうなものなのだから。俺に近づいてきた人間、それは所謂、闇金業者だった。それに気づかず、俺は金を借り、借金にまみれていった。

 そして、気が付いた時には、家族も友人、さらには恋人すら、誰も俺の前からいなくなっていた。


 俺は人生に絶望し、もう誰も信じられなくなってしまった。

 そうして気が付いた時には、〝帰らずの森〟と呼ばれる自殺志願者が足を踏み入れると言われる樹海の中に入って行ってしまっていた。


 別に構わない。もう、生きていても意味がないのだから……。


 俺の中にある気持ちはただそれだけだった。


 樹海のどこで死のうかと考えた時、やはり誰の目にもつかない場所で死にたいと思えた。だから、俺は樹海の奥地で死のうと思った。

 さまよい歩きながらも、奥へ奥へと進んでいく。

 すると、突然ひらけた場所に出た。陽の光も届かないような奥地のはずが、突然の陽に光に眩しくなって目を瞑る。


 まさか、もう一度太陽の光を拝むことになるなとはな……。


 眩しさに目が眩んでいながらも、最初に思った事はそんなことだった。それは、久々に心が動いたと感じた瞬間でもあった。


 陽の光にも目が慣れてきた頃、俺は目を開けて周囲を見渡した。するとそこには――――。


「洋館……なのか?」


 広場のようにひらけた場所の中央には、中世の頃のような古い洋館がひっそりと佇んでいた。


「なんで、こんな所に……」


 口に出さずにはいられない疑問だ。自殺の名所と呼ばれる樹海の奥地に洋館があるなんて聞いた事がない。正直、気味が悪い……。


 まあ、いい。どうせ、死ぬんだ。どんな事があろうと驚きはしない。最後にちょっと冒険してやろうじゃないか。


 俺は好奇心から、洋館の扉に手を掛け、開いた。


 館の中は電気がなく、陽の光だけに照らされて薄暗かった。


「……誰もいない……か」


 当たり前の事だ。樹海の奥地に洋館があったことだけでも驚きなのに、この上、人が住んでいるなどあり得ないことだ。

 俺は洋館の中に入り、廊下を進んでいった。洋館の中は、見た目とそぐわず、古い造りをしていた。本当に中世の館のようだ。

 廊下を進むと、ドアが見えてきた。俺は迷うことなく、ドアを開け広げた――――。


「やあ、こんにちは。僕の家にようこそ」

「――――」


 驚きのあまりに声を出すことすらもできなかった。ごく自然に、当たり前のように、挨拶をしてきた人物、それは……どこからどうみても少年だった。ドアを開いた先の部屋には、少年が間違いなくいるのだ。

 その少年は透き通ったように白い肌をしており、肩まで伸びた黒髪が印象的だった。顔も中性的で、風貌だけなら少女と間違えそうな姿だった。

 少年は木でできた揺り椅子を前後に揺らしながら、こちらを見て微笑んでいた。


「こ、子供……?」

「どうしたのさ? そんな不思議そうな顔をして?」

「どうしたって……お前、ここに住んでるのか?」

「そうだよ」

「一人で?」

「うん」

「なんで?」

「なんでって……僕の家だからだけど……さっきから質問してばかりだね? どうして?」

「どうしてって……当たり前だろ? こんな樹海の奥地に人が住んでる、しかも子供一人でなんて、どう考えてもおかしいだろ?」


 そうだ。とてもじゃないが、そんな事信じられるわけがない。騙されやすい俺でも分かることだ。何か裏があるのではないかと考えるのが普通だ。


「はは! なんだ、そんなことか!」

「そ、そんなことって……」


 少年は屈託なく笑っている。不覚にも見惚れてしまいそうになる。


「ここには何でも揃ってるから、生きて行くには困らないよ。そうだ! おなか減ってないかい?」

「は? べ、べつに腹なんて……」


 言い掛けた時に、グーと腹なの音がなる。なんとも、間の抜けた音だ。そういえば、金がなくて一昨日くらいから何も食べてなかった。

 その様子を見て、少年はクスクスと笑っている。恥ずかしすぎる……。


「ち、違う! これはだな……」

「はは! やっぱり減ってるんだね! 食堂にご飯準備しているから、一緒に食べようよ!」

「な、なんでお前と一緒に食べなきゃならないんだ!? そ、それに俺は……」

「知ってるよ。死にたいって考えてるんだよね?」

「え……」


 少年から思い寄らない言葉を聞いて、俺は言葉を失った。なんで、こいつは俺の考えている事が分かったのか――――。


「驚くことないよ。こんな森奥深くに体一つで来るなんて、それぐらいの理由しかないでしょ?」


 少年は目を瞑りながら、得意そうに話す。

 不思議なガキだ。いや、いくら子供でもそれくらいの事は分かるか……。

 いやいや、そんな事よりも不思議な事がある。そんな場所で少年が一人で住んでいるということだ。どうやら、それは聞いても答えてくれなさそうだが……。


「ねえ? どうせ死ぬならさ、僕とお食事して、お話してからでも遅くないでしょ?」

「それはそうだが……」

「だったらいいじゃないか。早く食べに行こう!」


 そう言って、少年は椅子から飛び降り、俺が入ってきた扉の方に駆け出す。


「おい、ちょっと待て!」

「え? 何?」


 少年は俺の制止に、振り返り、不思議そうな顔を向けてくる。その顔から覗く目は曇り一つない純粋そのものの眼差しだった。まるで、疑うことを知らなさそうな……。


「お前、なんで俺に親切にしてくれる? 俺はお前の家に勝手入ってきた見ず知らずの男だぞ。怖くないのか?」


 その質問に少年は目をまん丸にして、驚いた表情をしたかと思うと、すぐに、先ほどと同じように屈託なく笑い出した。


「あははは! 面白いこと言うね、お兄さん! お兄さんがもし悪者なら、僕を見つけた時点で襲いかかってるでしょ?」

「そ、それはそうだが……親切にする理由はないだろ?」


 そう言うと、少年は首を傾げて考えた後、晴れた表情に戻り、口を開いた。


「そうだね。きっとそれは、〝君は僕だから〟だよ」

「は? お前、何言ってんの?」


 少年の言葉が理解できず、そんな風にしか反応できなかった。今の言葉は一体どういう意味なのか?

 俺が少年の言葉にあれこれと考えていると、突然少年が頬を膨らませ、俺に怒ったような表情を向けてきた。


「そうそう! さっきから、お前お前って呼んでるけど、僕にはちゃんと名前があるんだからね!」

「な、名前? ああ、そうか。それはすまなかった。なんて、名前だ?」

「僕はね、光希こうきって言うんだよ!」

「光希……」


 響きだけなら、自分と似ていると思った。まぁ、読みも意味も全然違うが……。


「そう、光希! よろしくね、悠軌さん!!」

「あ、ああ、よろしく」


 少年の屈託ない笑顔につられて、「よろしく」なんて事まで言ってしまった。死ぬ前にあまり人と関わるつもりはなかったのだが……。でも、こうなっては仕方ない。とりあえず、飯だけは一緒に食べてやるか――――。


 あれ? そういえば、さっき光希は普通に俺の名前呼んでたけど、俺、名前を名乗ったっけ? まあ、いいか。そんな些細なこと。


 その疑問を気にする事なく、俺は光希に案内され、食堂へと向かった。


 これが俺と光希の出会いだった。

 この時の俺は全てを疑い、全てを信じられなくなっていた。だから、光希の言葉にも聞く耳を持っていなかった。

 もっと、よく考えればよかったんだ。光希の言った「君は僕だから」という言葉の意味を――――。




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