7.不安
*
梅雨明けの夕焼けはとても綺麗だった。
シバオカさんと別れた後、駅前の本屋に行く僕。
不意に、彼女を見かけた。
駅の自販機で何を買おうか迷う、トウカ。
電車通学だったのか。
声を掛けるとジロリと瑠璃色の瞳が睨む。
訳がわからず戸惑う僕。
「何か用?」
「えと…僕…何かした?」
「とぼける気?私のこと騙してたくせに!」
「え…?」
「付き合ってるんでしょ、芝岡さんと」
「違うよ」
「嘘つかないで。カナに言われたわ」
「ほんとに付き合ってないよ」
「…さっき芝岡さんに会いに行ってたじゃない」
「あぁ…それは告白を断りに」
「…?」
「付き合ってほしいって言われてたんだ…それを断るために呼び出した」
「…で、でも!何でそんな誤解が…」
「……あぁ、僕が芝岡さんのこと好きって言ったからかなぁ」
「好きって……」
「人としてね、意味を捉え間違えたみたい」
トウカがしばらく考え込む。
「じゃあ…私を騙してたわけじゃない…の…?」
「騙す?なんで?」
「……」
「ねぇ、時間ある?見せたいものがあるんだ」
*
「わぁ…」
目を輝かせるトウカ。
いつも2人でお弁当を食べた屋上。
今日は夕焼けがとても綺麗だったから、彼女に見せたかった。
学校まで戻るのは面倒だったけど、そう遠くはないから良しとしよう。
「この町ってこんなに綺麗だったのね」
どこにでもあるような恥ずかしいロマンチック。
僕には、こんなありふれたもので表現するのが精一杯だ。
だけどトウカは、こんなものにさえ純粋に反応してくれる。
それがとても嬉しくて。
嬉しい気持ちを彼女のように伝えたくなる。
だけど僕は…。
ずっと景色に夢中だった彼女がこちらに振り返った。
「ねぇねぇ、こっち来て」と笑う彼女が、夕日の色に溶けて、とても繊細で儚く感じた。
何だか胸が締め付けられる感覚がした。
彼女の手招きに従って隣に並び、フェンス越しに景色を眺める。
先に口を開いたのはトウカだった。
「ありがとう杉くん。カッコ悪くて疑い深いこんな私に優しくしてくれて」
なんて言えばいいのかわからなかった。
僕はなんて返すんだろう、なんて考えていたら、トウカの隣にいる僕はとんでもないことを言った。
「君のことが好き」
途端に赤面するトウカ。
見ている僕まで顔が熱くなった。
話下手に程があるぞ僕。
こんな記憶までキレイさっぱり消されていたなんて…スピカめ、こんな恥ずかしい回想を…。
「…え…あ、あぁ!人としてだね?びっくりしちゃったじゃん~!芝岡さんみたいに勘違いしちゃうとこだよ」
なんて言いつつ顔を真っ赤にして焦るトウカ。
「…違う意味」
照れながらボソッと僕が言う。
うわぁぁ 消えたいぃ 僕のばかぁぁ…
これがスピカの言ってた「取り返しのつかないこと」なの?
僕にとってはそれぐらい恥ずかしいぃぃ
トウカが顔を赤くしてうつむく。
「私も…杉くんのこと…恋愛感情で好きになってたのか…も」
……ときめくってこんな感覚かぁ…。
それにしても恥ずかしい……やだやだ。
「……そろそろ帰ろっか、桃花」
呼んでみたようだ。
恥ずかしすぎ。
言葉に詰まるトウカ。
疑問に思う僕。
「わ…私、杉くんの下の名前…知らない…」なんだそんなことか、と教える僕。
なぜかよく聞き取れなかった。
「××…かぁ…何だか呼ぶの恥ずかしいね」
嬉しそうなトウカの顔にこっちまで照れる。
その後は、手を繋いだり…なんてことはなく、友達らしく帰った。
何か変わったことがあったとしたら、今までよりお互い嬉しそうに見えるくらい。
やっと守れた小さな花。
いつまでも大切にしたい、なんてね。