3.無知
「ねぇ桃花ちゃん、あたし今からC組行くけど一緒にどう?」
「へ…?」
紺の髪を3つに編んだ女の子が、教室で1人本を読んでいるトウカに声を掛けた。
「ほら!C組には杉くんがいるじゃん?!桃花ちゃんって最近1人で元気ないからさ、一緒にイケメン見て癒されようよ~」
「わっ…野宮さん…私別に…」
「いいじゃん!早く早く~!」
ノミヤさんがトウカの手を引いてC組に行く。
「あ、いた!」
「…?…あ、あの人…」
「ほらほら~やっぱ杉くんかっこいいでしょ?」
「野宮さん、あの人が杉くんて言うの…?」
「え?何?知り合いなの?」
「…ちょっと前に、会ったことある」
《恥ずかしい。嫌だ。あの男の子、同じ学年だったんだ…》
「…あ」
2人の視線に僕が気付く。
「きゃ…こっち気付いてくれた…!やっほー杉くーん!暇だから来ちゃった」
ノミヤさんが笑顔で手を振る。
それに相反するように、気まずそうな顔をするトウカ。
靴隠しの嫌がらせを受けたカッコ悪い自分を、初対面の人間に助けられたのを恥じているんだ。
まして、僕みたいな感情に乏しいヤツに助けられて。
僕が素直な良い子なら、そんな彼女に優しく微笑みかけることができるのだろうか。
きっと 無理だ。
だって僕は…
あぁ ほら、そんな彼女の思いを知らない僕は適当に会釈をして去ってしまった。
*
場面はトウカと出会った校庭に切り替わる。
トウカはまた僕の掃除中に現れた。
今度はちゃんと、靴を履いて。
相変わらず彼女の表情は曇りがち。
僕は黙って彼女を見つめていた。
「この前は…ありがとう。ちゃんとお礼を言いたくて…ここならまた会えるかなって思って…来たの」
「大したことじゃないよ。こちらこそわざわざありがとう」
精一杯の彼女の言葉に、素っ気ない僕の返事。
僕ってこんなに冷めたヤツだったのか。反省。
「知らない人に助けられて…恥ずかしい反面、すごく嬉しかったです…最近私あれだし…」
「?」
「杉くん…って言うんだね…私は真子です」
「よろしく。真子さん」
「よろしく…あ、でも私にあまり関わらない方がいいよ…」
「どうして?」
「深い意味はないの…さよなら」
「? さよなら」
苦い思いを噛みしめ、勇気を出したトウカ。
そんな純粋な彼女を僕はこれからたくさん傷付けてしまう。