世界平和
「人類の平和のために、我が国は今日を持って軍隊を解散する!!」
大統領からの重大発表ということで集められていた記者たちは、思わず吹き出してしまった。額にしわを寄せ、やたら真面目な顔をして大統領が渾身のジョークを飛ばしているのである。これで笑わなかったら逆に失礼だとばかりに、記者たちはどっと大笑いした。世界最大の軍事大国である合衆国が軍隊を解散するなど、できるわけがない。というよりも、したら国が滅びかねない。
爆笑している記者たちを一瞥すると、大統領は顔を真っ赤にした。彼は拳を振り上げると、ドンと演説台をぶったたく。
「私は本気だ! 本当に軍を解散するからな!」
彼はそう吐き捨てると、演説台を蹴飛ばして立ち去ってしまった。慌ててSPたちが彼のあとを追いかけていく。
「おいおい、大統領はボケちまったのか? 任期まだ三年もあるぜ?」
「大丈夫だろ、明日には蒼い顔して発言撤回してるよ」
「ははは、違いない! 明日の大統領の顔は記事になるぞ」
冗談を言い合いながら、その場を立ち去った記者たち。しかし、それから何日たっても大統領は発言を撤回することはなかった。それどころか政府の主要な人物たちからも次々と「軍隊解散」発言が飛び出してくる始末である。やがて軍隊解散は政府の主流を占めるようになり、いよいよ現実味を帯びてきた。これは本当に軍隊が解散されてしまうかもしれない。あせった軍人たちがセカンドライフを考え始めたちょうどその頃。アジアでも軍隊解散騒動が持ち上がった。
「我が国も、人類の平和のために軍隊を解散しようじゃないか!」
そういったのは、中国の国家主席だった。米軍解散後の世界で主導権を握るのではないかといわれていた国が、突如として手に入るはずだったであろう覇権をほっぽり出してしまったのである。当然、国内は荒れに荒れたがなぜかこちらもアメリカと同じようにいつの間にか軍隊解散派が主流を占めてしまっていた。
このことが情勢に一石を投じたのか、世界の首脳が次々と軍隊解散宣言をし始めた。そうして遂に、かたくなに軍隊を保持し続けていたアジアの小国の将軍までもが、軍隊解散宣言をした。誰も現実に実現するとは思っていなかった軍隊の存在しない世界というものが、棚から落ちてくるように到来したのである。
人々はこれを神が起こした奇跡なのではないかと言い始めた。宗教指導者たちは、このことを期に人々に神を信じなさいと盛んに喧伝した。だがしかし、それをはるか高みから面白おかしく眺めている神ならぬ者が居た。
「うはッ、神とか受けるわ! やってんの俺なのになー」
男は流線型のコンソールを手に、地球の様子をはるか月から眺めていた。地球を見つめるその目はなんと三つ。そう、彼は地球の人間ではない。遥か遠くピーダ星と呼ばれる惑星からやってきた侵略者なのである。
「しかしうまくいったな。フェース、これでこの星の軍隊は全部解散したんだよな?」
「はい、マスター。先ほどの国が最後の軍隊保有国でした」
フェースと呼ばれた少女型のアンドロイドは、マシンらしく抑揚のない声で答えた。ピーダ星の技術力でも、人間的な思考を持つアンドロイドは造れないのだ。というよりも、ピーダ星の技術力というもの自体が宇宙人と聞いた場合に地球人が想像するほど高度なものではない。実のところ、男が地球人を操り熱心に軍隊を解散させているのも、男の小型宇宙船がせいぜい地球の戦車に毛が生えたぐらいの戦闘力しかもっていないことに由来していたりする。地球まで辿りつくのことでほとんど精いっぱいで、武器を搭載する余裕などほぼなかったのだ。
男はフェースの返答に満足げにうなずいた。彼は侵略の仕上げをするべく、彼女に最後の命令を下す。
「よし、ではサミットでも開いて世界の首脳を一堂に集めろ。サミットの名前はそうだな、世界平和サミットとでもしておけ」
「了解、マスター」
フェースの指示により、宇宙船から世界各国に向けて電波が放たれる。それを受信した首脳たちはすぐに連絡を取り合うと、世界平和サミットの開催を決定した。開催日は一ヶ月後、場所は日本の東京。突如としてオリンピック級のイベントが開かれることとなった日本は、大慌てでその準備を開始した。
そうしてひと月後、無事に会場は完成し準備は整えられた。世界各国の首脳が、先進国や途上国など問わず続々と乗り込んでくる。広々とした会場はたちまちのうちにいっぱいとなり、サミットの開催が宣言される……はずだった。
「ははッ、全員そろったな!」
「な、なんだ!?」
参加者が全員到着し、会場がいっぱいになったところで妙な円盤に乗った男女が現れた。ご存じ、ピーダ星からの侵略者とその相棒のフェースである。彼は宇宙船を呼び寄せると、会場に集まっていたマスコミ関係者たちに向かって高らかに宣言する。
「今日からこの星は俺の星である! お前らは俺に従え!」
「撃てッ!」
雪崩れ込んできた警官隊。彼らはすぐに拳銃を取り出すと、侵略者たちめがけて発砲した。しかし、宇宙船の装甲は硬く弾はすべて弾き返されてしまう。また、男やフェースに向かって放たれた弾丸もバリアによって防がれた。
「その程度の攻撃じゃ、俺たちはびくともしないぞ! 軍隊でもいれば別だが、すべて俺が解散しちまったからな!」
青ざめる人々。世界平和は恐るべき罠だったのだ。彼らは急にあわて始めるものの、時すでに遅し。宇宙人と戦うための軍隊は彼らの手できれいさっぱり地球上から消滅させてしまっている。しかも悪いことに、軍が保有していた兵器まで解体してリサイクルしてしまっていた。
高笑いする侵略者。彼は恐怖に顔をゆがめている人々を見下ろすと、さて何から要求しようかなどと妄想し始めていた。なにせ、これからはこの星の支配者様だ。宇宙船で毎日味気ない宇宙食を食べていた三流侵略者だったころとはわけが違う。豪勢な食事を食べ、選りすぐりの美女たちを侍らせて……とドンドン妄想が広がっていく。
そんな折、会場の端に一台の装甲車両が到着した。車両の中から次々と迷彩服を着た集団が下りてくる。完全武装した彼らの姿は、どこからどう見てもすでにこの星から絶滅した人種であるところの軍人にしか見えなかった。三つ目ゆえの驚異的な視力で彼らをとらえた侵略者は、隣にいたフェースに怒鳴る。
「おい! なんで軍隊が残っている!?」
「彼らは軍隊ではありません。自衛隊です」
「はあ!? どう見ても軍隊だろ!」
「自衛隊は国家の防衛に必要最小限度の実力であり、憲法が禁止するところの戦力、つまり軍隊には当たらないというのが――」
刹那に響いた轟音。宇宙船の装甲に穴があき、そこから青白い火花が噴出した。イオン臭をまき散らしながら銀色の巨体は地に墜ちた――。