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天狗岳  作者: 麻倉龍之介
7/7

最後

 じぶんは、カメラを構えて、遠くの景色に向けてシャッターを切ってみた。カシャッっとなる音が本格的だ。なんでもない一枚を撮っただけなのに、まるでプロにでも成った気分になる。

「違うよ、カメラの持ち方……」

 早速に水沢さんから駄目だしを頂戴してしまった。デジカメと一眼レフカメラとでは持ち方が違うらしい。

「左手は、リングの上」「そうじゃなくて、こうだよ」

 注意され直そうとするのだが、咄嗟にわからず、変なポーズをとるかのようになってしまう。ようやくのこと及第点の構えができるようになると、じぶんは、フレームのなかにいろいろな対象を見つけては近づけてみたり、シャッターを切ってみたりした。

 写真を撮るということは、ただシャッターを押すそれだけであるというのに、意外にも難しく感じられた。というのも、漠然とシャッターをきるだけでは、何を撮っているのかがわからないのだ。何か主役がいて、背景があって、意味もあるのだと思う。考え出すとわからなくなった。

 じぶんは、柄になく巫山戯た調子で、水沢さんへとレンズを向けた。水沢さんは、照れ笑いをしてレンズから目を背けた。一寸、じぶんは調子に乗りすぎたと反省した。もしかしたら、水沢さんに嫌われてしまうかも知れないと、不安にも思った。しかし目を背けたすぐの後に、水沢さんは、ピースを作って、じぶんの方を向いた。

――こんな風に笑うんだ。

 じぶんが、咄嗟に感じたのはそんなことだった。

 なんとなく、今度はじぶんが目を背けたくなった。照れたからではない。思いもしなかったことに、一寸面食らってしまっただけである。迷う必要もない指の動きに迷いながら、水沢さんの笑顔にシャッターを切った。

 恥ずかしいことに、矢島さんがこのタイミングでベンチのところへと戻ってきた。

「写真撮ってるんだー。それ、小野ヶ谷くんのカメラ?」

「いえ、水沢さんのをちょっと……」

「そうなんだあ、すごいカメラだね……」矢島さんはなぜか一瞬意味ありげにカメラを見つめていたが、「ねえねえ、あの変なやつの前で、みんなで写真撮ろうよ。せっかくだからさ」と、妙にコミカルな顔をした天狗の銅像を指さした。

 じぶんとしても、写真の楽しさがわかったところなので、

「いいですね、記念撮影」

 今日の記憶が形に残るのもいいと考えていた。

 水沢さんも、「うん」と、子犬のように後ろから付いて同意した。

 矢島さんが、早速近くにいた家族連れに、記念撮影のシャッターをお願いした。シャッターは、そのなかで加賀くらいに背の高いお父さんが、二言返事で快く引き受けてくれた。

「ありがとうございます」と矢島さんがお礼を言いながら、水沢さんのカメラを手渡した。

「はい、じゃあみんな笑って」

 じぶんとは違いそのお父さんは、一度でちゃんとしたカメラの構えをしてみせた。普通のひとはできるらしい。じぶんは、水沢さんと矢島さんのうしろに立って、構えられたレンズを見た。笑い方が咄嗟にわからなかった。

 

「はい、チーズ!」

 

 

 

 写真を撮ってもらったあと、今度はじぶんたちがその家族連れのシャッターを頼まれた。シャッター役はじぶんが引き受けた。その間、矢島さんと水沢さんの二人は、「ちょっとまた、飲み物買ってくるね」と、先ほどと同じ出店の方へと行っていた。

水沢さんの持っていたような、本格的なカメラとは違い、手渡されたのはなじみ深い普通のデジカメだった。家族4人がフレームから一人もはみ出さないようにして、「はい、チーズ!」とシャッターを切る。

 そのとき、なぜだかはわからないが、なんとなく写真に物足りなさを感じていた。先ほど水沢さんのカメラを借りたときは、あんなにも興奮したのに、だ。たしかに手に感じる重さも、ズームリングもなかった。でも、理由はそんなことではないような気がした。

 三枚ほど撮ったところで、カメラをお父さんへと返した。家族4人、みんないい笑顔だった。それでもやはり何かが物足りなかった、じぶんには。

 ぽかんと遠くを見つめて、それがなぜなのかを考えながら、水沢さんと矢島さんの帰ってくるのを待っていた。

 シャッター音のせいかもわからない。もしかしたら、背景があんなコミカルな天狗の像だったせいかもわからない。いろいろと考えてみたところで、答えがでることもなかった。

 ふいに後ろから聞き覚えのある声がした。

「水沢さんとは、仲良くなれたか?」

 驚いて振り向くと、加賀が立っていた。

 加賀の声には、ビアガーデンに置いて行かれたことに対する、怒りの調子はなかった。それどころか、あれほど酒を煽ったはずなのに、酔いの気色さえ微かにも感じない。口元からすこし、日本酒のにおいがする程度である。

「まぁ、そこそこだけど……」

 じぶんは、加賀がなにを考えているのかがわからず、すこし怖じ気づいた調子で答える。

「そうか」

 加賀の声は、満足げな、納得するような、そんな調子を帯びていた。遠くに、水沢さんと矢島さんとが、戻ってくるのが見えた。二人ともまだ加賀には気がついていないのか、のんびりとした調子で歩いている。加賀とじぶんは、その様子をぼんやりと眺めていた。

「楽しかったよ」

 じぶんは、誰に言うでもなくそう言った。

 加賀に感謝をしたつもりではなかった。むしろ、よくもじぶんの平穏を崩してくれたものだと、文句を言いたいくらいであった。胸の痛くなる毎日が始まるのだろうかと幾分か微笑んでしまう心持ちである。


 じぶんは、指でフレームを作った。カメラと同じ視界には、全てのことは入りきらない。残せるだけの一部だけが切り取られる。じぶんは指のフレームに、こっそりと水沢さんを入れてみた。残ってくれるかはわからなかった。心の臓が、やたらに内側から胸を叩いた。ふと、レンズを向けたときの水沢さんの笑顔が見えた気がした。


 帰ったら、カメラを買おうと思った。



 

どうも上手く書けないものでした。はてさて、

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