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天狗岳  作者: 麻倉龍之介
2/7

 坂道はさらに楽になってきた。ほぼ平らではないかと思えるくらいなると、だんだんに出店らしきものが現れ始めた。

 商売根性というやつであろう。団子を売っているおばさん、鈴のついたキィホルダァを売る男。他にもいくらかの人達が、一生懸命に「いらっしゃいませ」の声を張り上げて、山道行く人たちになにか買わせようと励んでいた。じぶんも、幾度かそういった人たちと目の合うことがあったが、立ち止まることなく歩き続けた。

 途中、水槽に溜めた氷水に、たくさんの缶ジュース浮かべて売っているのを見たときは、つい足を止めたくなった。だが、その水槽に立てられたダンボオルに「一缶200円」と書かれているのを見ると、足を速めて通り過ぎた。


三人は、矢島さんを中心にしばらくのこと話していた。しかし、少しづつに疲れがあらわれたのか、口数は見る間に減っていた。ときたま矢島さんが「見て見て、この天狗のキーホルダー可愛い」などと声を上げることはあったが、少しの間盛り上がるとまた黙々と歩き続けた。じぶんとしては、「何か話さなければ」という焦りがあった。しかし、焦ったからといってその話す「何か」が選べるわけでもない。こう言ったらどんな返事がくるだろうかとか、笑ったりしてもらえるのだろうかといった会話の二手、三手先を頭のなかで想像しただけで結局言えずじまいになっていた。

 ただ、嬉しいことに気まずい時間は意外と短く済んだ。ビアガーデンが近かった。

 登山開始からずっと続いていた木々の陰が一気に開け、夏らしい入道雲の浮かぶ空が見えた。そしてなにやらガヤガヤとした人の声が聞こえる方があると目を向けると、「山の原ビアガーデン」と書かれた木製の大きな看板が立っていた。

 看板の前では、加賀が待ちくたびれたと言わんばかりに大きく欠伸をしていた。

 加賀の様子はよく目立つ。180センチの長身に、筋肉質な体型。そこまでは、ただの少し大柄な男だ。しかし加賀に関しては、それに加えてでたらめなセンスが合わさってくる。背中にでかでかと「天狗」と書かれた赤い印半纏を着て、仮にも登山であるというのに、底の歯が3センチもある下駄を履いている。

 ぱっと見近寄りたくない風貌であるが、性格はこれでもかというぐらい人なつこい。

 大学入学当初、クラスで行われた飲み会では、クラスの面々だけでは飽きたらず、隣の座敷にいたまったく面識のない人たちとまで打ち解けて帰ってきたという。

加賀とはつまりそういう男である。

「おお、ようやく着たな」

 こういうときに嬉しそうな顔をするのが加賀である。

「加賀、歩くの速すぎだよー」

「悪い悪い。だがな、考えても見ろよ。ビールがおれらを待っている。よって足も速くなる」

 加賀の言い分に、

「へへ、わかるかも」

 ビール好きだという矢島さんは、あっさり納得させられた。


 エプロンを着けた女の人に頼み、早速4人分の席を確保する。見晴らしの良い、端側の席は大方取られてしまっていたが、隅の方にぎりぎり4人で座れる席を見つけて入り込んだ。

 気温的には相当に暑いはずだが、山という場所は不思議なもので、不快な暑さではまったくない。プラスチック製の椅子を動かすと、地面に擦れる音が、なぜだか晴れ渡る天気の心地良さと同じ音に感じた。ふと顔をあげれば山と空、遠くの方には少しだけ白く建物らしきものが見える。夏という季節に、ほぼ完璧な風景だった。

 

 山の原ビアガーデンにおいて、食事はバイキング形式であって、そして、そして加賀は、全種類を食べることばかり考えていた。

 テーブルの上には、実に30を越える和食、洋食中華の皿が敷き詰められ、おまけのようにビールジョッキが置いてある。矢島さんと水沢さんはそれぞれ2種類、じぶんにしても多少欲張って5種類といったところだ。加賀が残したら、じぶんが食わされるのだろうか。呆れて少しだけ笑ってしまう。

 


――じゃあ、乾杯。


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