第9頁 魔王様の休日②
真央さまお手伝い編後半です。
モデル初体験。真央さまはきちんと奏人の母の役に立てるのでしょうか?
「みんな!準備はできたかしら!!」
母のよく通る声はスタジオ中に響いた。
そう言えば母の働く姿を見たのは久しぶりだなと、奏人はちょっとだけ感動する。
「うきゃー!魔王様、ステキィ〜」
スタイリストに髪型をセットされ今回のコンセプトの『ちょい夏スタイル』の衣装に着替え、出てきた真央は本物のモデルのようだった。
迂闊に話しかけることが出来ない。
万里には関係ないようだが。
そして、そんな本物を醸し出す真央に、その場の空気がピリッとした。
少し遅れて、一緒に撮影することになった、本物のモデルの『サチ』が出てくる。
「か、かわいい…」
万里ではないが、奏人も目の前の美女に釘付けになる。
「宜しくネ、えっと…阿久野くん?」
サチスマイルが真央に炸裂する。
「…」
真央はサチの顔をチラッと見下ろすとすぐ目線をそらし、小さく呟いた。
「女でもキャメラに撮られるというのか…」
「…」
まだ何か勘違いしているようだ。
「…あ、じゃあ、真央くん!そこに立って!!」
「…」
ミナミがカメラを構えながら、指示をする。
しかし、真央は微動だにしない。
見かねた奏人が、真央の背中を押す。
「真央、言う通りに…」
「ああ…ここか…」
やっと指示が通りセットの前に立ち、カメラと向き合った。
「はい、じゃあ撮影始めます!!」
初夏がテーマのため薄着で真央に近づくサチ。
羨ましいことこの上ない。
ふと、奏人は万里に目をやる。
「!!」
その形相はまさに悪魔。目は血走り、歯からはギリギリと音がなり、握られた拳からは血が滲んできそうだった。
いまにも飛びかかりそうな勢いである。
そして、向けられたカメラのレンズをただ睨み付ける真央。
何が飛び出してきても応戦できる構えを取る。
「真央くん!笑って!」
ミナミがシャッターを切りながら、ハキハキと声をかけるが、やはり、微動だにしない。
「真央!笑顔だぞ!!」
「ああ…こうか…」
奏人が声をかけると、我に返ったように口許を引き上げた。
「…」
現場が凍りつく。
「あの、睨み付けないで…何かしら、恐怖でシャッターが押せない…」
「なんだ違うのか…」
不服そうに口を結ぶ。
「真央、自然に…」
「自然に笑う…か?どうやるのだ…」
「え…」
「緊張してるのネ?カワイイ!大丈夫よ!慣れてくれば笑顔も出るワ!」
隣に居たサチが真央の手を握りながらまたまたサチスマイルを向ける。
「あのオンナ…」
万里から、真っ黒いオーラが浮き出る…
奏人はなぜか悔しくなっていた。
別に真央が羨ましいわけではなく、真央から笑顔がでない。
「今朝の笑顔が出れば、問題ないんだけどな…」
せっかくなんだから、笑ってほしかった。
きっと万里も同じことを思っているはず…
というか、真央を笑わせれば万里も少しは落ち着くのではないだろうか。
「よし!」
奏人は心を決め、なかなか笑顔を見せない真央に向けられたカメラの後ろに立った。
「おい、真央」
そして渾身の変顔を真央に向けたのだ。
その脇には、サチを鬼の形相で睨み付ける万里。
「なっ!!き、貴様ら…」
真央がうつ向き、肩を震わせている。
成功か?
奏人は顔をあげる真央に期待した。
そして真央が顔を挙げる。
「!」
その表情は、まさに怒りそのものだった。
「バカにしているのか…」
「いえ…そのようなことは…」
二人は後ろへ一歩退いた。
その肩を母に捕まれる。
「あなたたち。邪魔はしないように!!」
その顔もにこやかではなかった。
「あは、あははっ」
「あっちにいってなさい!」
せっかくリラックスしてきたのにまた、無表情と言うよりかは、怒りの表情に変わってしまった真央。
明らかに邪魔をし、外に追い出されふてくされる奏人と万里はベンチに座った。
「この地を守護する精霊たちよ…我の命に従い、あのオンナを…ブツブツブツ…」
隣でどす黒い万里が何か呟いている。
「なあ、真央は人見知りなのか?」
「は?そんなわけないでしょ」
奏人の呟きに、万里が急に振り向く。
「じゃ、やっぱり緊張してんのかな!」
「魔王様は緊張なんかなしないわ!!」
「じゃあ、なんで笑えないんだろ。今朝はいい笑顔見せてくれたのに」
「…魔王様は…」
万里が何か言おうと口を開いたときだった。
ガラガラッ
スタジオの出入り口が勢いよく開き中から真央が走り出してきた。
「メガネ〜どこだー!!」
どうやら、奏人を探しているようだ。
「どしたんだよ!!」
「おぉ、そんなところにいたのか」
「何かあったのか?」
「いや…」
服はまだ先程のままで、慌てて飛び出してきたようだ。
奏人を見つけ安心したようだった。
二人の方に歩いてくる。
「お前がいないとダメなんだ!」
「えっ!!」
「も〜魔王様ったら!!」
一瞬、奏人に向けての言葉かと思い、なぜか赤面してしまうが、万里が直ぐに真央に飛び付いたので、そうではないのかと少し肩を落とした。
「そうだよな…って何で、がっかりしてんだ!!」
頭を振りながら真央を見上げる。
「も〜淋しがり屋さんなんだから!!やっぱり私がいないとダメなんですね〜」
「…」
真央の首にぶら下がり甘い声を出す万里など、居ないようなまっすぐな視線が奏人に送られている。
「…貴様がいないとだめなんだ…」
「えっ?!」
奏人の心臓は聞こえてしまうほどに大きな音をたてる。
「お前がいないと…」
真央の視線が奏人に突き刺さる。
真央の服装も髪型も何もかもが輝いて見えてしまう自分が恥ずかしくて顔を伏せる。
眩しくて見れない。
「なんだ、よ…」
「カナト…」
そんないい声で名前を呼ぶな!そう叫びたくなるが、声がでない。
「一緒に来て、あいつらが何を言わんとしてるのか訳してくれ。訳がわからん!」
「あ?」
思わず顔をあげる奏人に、真央は困り顔を向ける。
奏人の眉がつり上がる。
それは別に変なラブロマンスにどぎまぎし、透かしを食らったからではなく、頼りにされた、それがなんだかむず痒かった。
「わかったよ!行くぞ!!任せろ!」
真央に背を向け、スタジオのドアを開ける。
「ありがたい」
そういわれ振り向くとまた、あの優しくて柔らかい笑顔がそこにあった。
「うっ…で、出来るじゃないか!!それだよそれ!」
「お前の今の顔を見たら笑えてきた」
意地悪な顔に変わる。
「おまえなーっ!」
奏人が拳を握りグーパンチを真央の腹に軽くお見舞いした。
ニコニコしながら真央は
「お返しだ」
と、倍のビンタを返上した。
「また、一緒にやりましょ!真央くん!」
サチがまた真央の手を握りながら微笑んだ。
あれから撮影は再開され、奏人が真央をしっかりフォローする形で順調に進み、無事に終了した。
途中、真央の笑顔が眩しすぎて、現場がまたまた硬直したタイミングがあったが、素人とは思えない働きをすることができた。
3人はまだ仕事がある母とミナミを残し、サチに見送られながらスタジオを後にした。
「これが休日か…」
並んで歩きながら、真央が小さい声で呟いた。
「いつもじゃないけど、こういうのも楽しいだろ?」
「…」
「楽しくなかった…?」
「いや、そうではない」
「どしたんだよ」
「もっとこの世界のことを知りたくなった。本当にこの世界に飛ばされて、奏人に拾われて、俺は幸運だと思う」
「…な、なんだよ!!まだまだだぞ」
「まだまだ?」
「この世界にはもっと楽しいことがたくさんあるんだ!!休日の度に連れ出すからな!覚悟しろよ!」
「…ありがとう、カナト」
「たく、ほんとに魔王かよ!!てかなんで、魔王になれたんだよ」
その瞬間奏人の腹に万里の蹴りが食い込んだ。
「あんた、さっきから調子乗りすぎ!」
「いいんだ、カナトは大切な人だからな」
「魔王様…」
万里の表情は複雑なものではあったが、少しだけ嬉しそうだった。
「魔王は代々血族の継承で成っている。つまり、俺の父も魔王だった」
「だった?」
「先代の勇者に倒されたんだ…勇者との戦いは宿命だからな」
「ごめん…無神経なことを」
「俺はな、逃げ出したんだ。俺を取り巻く悪から…」
「…急に、いなくなったりしないだろうな…」
奏人は真央を見ないように小さく呟く。
「?」
今度は顔を上げ、真央の目を見ながら、口を開く。
「急にまた、元の世界に戻るなんて、そんなこと、あるのか?」
「…」
真央は悲しくも、逆に嬉しくも見える気持ちの変化をその赤い瞳に浮かべただけだった。
それ以来、その会話は続かなかった。
重い空気を変えようと、会話の内容を楽しい話題に切り替え、3人は自宅まで歩いて帰った。
その後ろには、二つ並んだ影が怪しく見つめていることも知らずに。
そのうちのひとつが口を開く。
「み〜つけたっ…」
その存在は周りの生物を凍てつかせる冷たい眼差しを赤い瞳に湛えながら、真央の背中だけを刺すように見つめていた。
万里、よく我慢しました!
て、奏人は一気に大切な人の称号をゲットしました!
そして、物語は少しだけ前に進みます。
次回はシリアス!?
真央さまたちはお休みで、アイツが再び登場します!